第51話 酔いどれ猛犬の襲来
風呂を済ませて部屋に戻ると、俺はSNSのチェックを行って彼――東条匠馬の動向を探った。だが、当然ながら今どこにいるとか、遭遇報告とかはしばらく上がっていないようだった。
やっぱりひっそり暮らしたいんだろうなあ、と思っていると、愛理が部屋に入ってきた。
「やっほ、お湯すごいね、お肌すべすべだよ」
「ああ、泥水かと思ったよな」
言葉を選ばずに言ってみたら、愛理にチョップされた。
「はぁ……言い方ってものがあるでしょ」
「まあまあ、それより風呂ですごい人と会っちゃった。東条匠馬」
あいさつ代わりの軽い会話を流すと、俺はさっき会った有名人の話を始める。
「え? ここに泊まってるの? 凄い偶然」
座布団を敷いてちゃぶ台に乗っていた急須でお茶を入れながらそのことを話すと、愛理は意外そうな顔をした。
「そうそう、ちょっと話もしたし、ラッキーだったよ」
「へー、どんな話?」
「有名になるって大変だよね、とか」
東条さんは、モブ説出されてる辺りから見て回ってるが、彼は俺と違って一〇〇%純粋なクールキャラである。それがロールプレイかどうかは分からないが、少なくともさっき話した感じ、配信外でも似た感じの性格のようだった。
「あー、そうだね、あの人SNS疲れで休止してるみたいだし、優斗もそこら辺の怖さよくわかってそうだもんね」
「あれ、休止の理由知ってるんだ」
たしか、理由は事務所側からは伏せられていたような気がするんだが。そのお陰でネット記事では事務所の社長と揉めたとか、女性関係の清算とか、散々なことが書いてあったように覚えている。
「そりゃボクだって業界人だもん。情報は入ってくるよ」
そう言ってしたり顔する彼女を見ながら、俺はせんべいを齧る。業界の闇とかそういうのも、あながちゴシップで尾ひれがつきまくってる奴とか多いんだろうな。
「それより優斗、モブの正体候補と実際に会ってどう思った?」
「どうって――」
全然似てない。とかそういう事は思ったが、俺が一番感じたことは、別にあった。
「正体バレるわけにいかないなって思った」
なんせあれだけのイケメンなのだ。アレを期待して見に来ているリスナーが、仮面――デバイスの下が俺みたいな芋だと分かった時、どれだけ炎上するか分かった物ではない。ダンジョン配信で食っていく覚悟はできていたが、素顔を人に見られる覚悟はまだできていなかった。
「あはは、優斗らしい」
「いやもう本当に、あんなイケメンだと思われてるの普通に怖いよ」
俺が話すと、愛理はまた笑う。畜生、俺にとっては死活問題なんだぞ。
釈然としない気持ちを抱きつつも、俺たちはそのまま夕飯の時間まで色々な話をした。
――
「っ……ふぅ」
夕飯は、山の幸の大盤振る舞いというか、地元の食材をふんだんに使ったものだった。
施設が古い分料理には気を使っているのだろう。お世辞とか場所とかそういうの抜きで、普通に滅茶苦茶おいしかった。明日もこれ食えるとか最高か?
酒もおいしかった。日本酒はあまり飲まないと言ったら、ワインやカクテル、果実酒なども出してくれて、俺としては嬉しかった。口コミサイトに書くことがあれば満点をつけてあげようと思う。
そういう訳で俺は、上手い料理とうまい酒をしこたま飲み食いして、いい感じに出来上がっているのであった。紬ちゃんがちょっと嫌な顔をしていたが、これくらいは勘弁してほしい。
酔いが回っている状態で風呂に入るのは危ない。酔っぱらいの頭でもなんとなくそれは分かる。なので俺は水を多めに飲んで今日はねることにした。温泉に泊まってるのにそれは勿体ないんじゃないか、そんな事を一瞬考えたが、明日もあるのだ。なので、時間はぜいたくに使わせてもらおう。
そう思って俺が布団に入ろうとした時、部屋のドアがノックされる。
「開けてー」
愛理の声だった。彼女も結構飲んでいたし、さては部屋を間違えたな。注意してやろうと思い、俺はドアまで歩いて行って、酔いどれ状態の愛理を出迎える。
「おい、部屋は逆――」
「とーぅ!」
言いかけたところで、まあまあの勢いで抱き付かれる。倒れ込みそうになったが、それはすんでのところで持ちこたえた。
「えへへーゆーとだぁー」
「……」
どうやら愛理は俺が居なくなった後もずいぶん酒を飲みまくったらしく、完全にタガが外れてしまっているようだった。
「おー! 布団の準備できてるじゃん!」
「ちょ、お前の部屋は逆――」
言いかけたがその言葉は最後まで発せられることは無かった。
何故なら俺の身体は宙を舞い。敷かれた布団に落とされたのだから。
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