1-7 エピローグ

第46話 筋肉痛パート2

 朝起きた時、感じたのは馴染みの感覚だった。筋肉痛である。念のため二日間休みをもらっていて助かった。だが、今日は昼から愛理たちと待ち合わせがあるので、無理矢理起き上がって身支度をする。


「っ、痛……」


 筋肉痛の身体を何とか動かしながら服を着替えつつ、ストリーマーのファンコミュニティをちらりと確認する。


『いや、昨日の三人すごかったよな。ていうかねこまちゃんの復帰配信が夜からあるのがうれしすぎるわ』

『ケルベロス倒したし、モブもちくわもねこまももう完全にダンジョンハッカーの仲間入りでしょ』

『ていうかテイマーが強すぎる。ケルベロスの火属性耐性の上からあれだけの威力出すって何よ』


 見る限り俺達三人の配信は結構バズっているらしい。ケルベロスは初心者パーティの登竜門ともいうべきボスモンスターで、倒せれば上位ダンジョンハッカーの仲間入りができるらしい。


 何度もこういう表舞台からフェードアウトできないかと考えたが、遂にその願いが永遠にかなわないことを察して、俺は気分が沈むと同時に覚悟が決まるような気がした。


 それはなんというか、自暴自棄にも似た感覚だったが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「はぁ……」


 そんな決意をしてみても、やはり身体は痛むわけで、俺はその身体を引きずりながら、家を出発した。



――



「優斗、大丈夫?」

「な、なんとか……」


 いつものファミレス。そこで俺と愛理、そして紬ちゃんと柴口さんが集まっている。昨日の配信が大成功で終わったことによる慰労会という名目なのだが、慰労であればもう少し日付を開けて欲しかった。


 筋肉痛は腕はもちろんの事、体幹もかなりこれまでにないくらい酷使したようで、歩いている間に腰だとか脇腹だとか、もうどこだかわからない場所も筋肉痛になっていた。


「優斗さん結構身体弱いんですね」

「いや、スーパーの品出しとかやるから、弱いわけじゃないと思うんだが」


 事実、金澤さんの代わりに重い荷物を持ったり、そういう事は結構あるのだが、さすがに普段からダンジョンにもぐって鍛えている二人には敵わない。彼女たちはそんな俺を見ながらピンピンしているので、なおさらその差を感じてしまう。


「ちなみにダンジョン産の物で、これに効きそうな奴ってある?」

「回復用のポーションがあるけど……あれ筋肉痛に使うの良くないんですよね。だから頑張って治してください」


 紬ちゃんからのそんな宣告を受けて、俺は力なく笑う。


「はぁ、しょうがないか……ところで柴口さん。紬ちゃんはもう配信再開して問題ないですよね?」

「ええ、モブ君とちくわちゃんが近くにいたからかもしれないけど、謹慎前よりもずっと安定してるストリーマーだったわ」


 気を取り直して柴口さんに問いかけると、柴口さんは笑顔を見せる。その表情を見た後に紬ちゃんの方を見ると、彼女は恥ずかしそうにしていた。


「そうだよね、ボクびっくりしちゃった」

「えと、優斗さんとかマネージャーとか……支えてくれる人がいたし、ファンの中にもそう思ってくれてる人いるのかなって、思えたから」


 愛理の言葉に、紬ちゃんは肩を竦めて小さくなる。


 どうやら彼女は、愛理が初めから持っていた意識に、ようやく気付けたらしい。


「スパコメとかそういうのも、ただのおこづかいだと思ってたけど、みんな生活がある中でそこから出してくれてるんだよね」


 以前の、というかであった頃の彼女からは絶対に聞けない言葉に、俺は何も返せなかった。


「そうだね、やっぱりボク達、人気商売だからさ、そういう所は真摯にしないとね」


 そう言いながら、愛理は俺の方を見て、手を掴む。


「勿論、一番助けられてるのは優斗だよ。いつもありがとうね」

「……っ、どうした急に?」


 唐突な事に心臓が跳ねる。俺は思わず視線を逸らして短い反応を返した。


「たまには直接感謝を伝えようかなーって」

「いいよ今更」

「あー、照れてるー!」


 幸せそうな彼女の言葉に、恥ずかしいながらも笑みがこぼれる。どんなに頼られても苦じゃないのは、まあ惚れた弱みって奴だな。


「……」


 ふと紬ちゃんと柴口さんの視線が気になって、そちらを見る。


「……なんですか?」

「いやー? べっつにぃ?」

「そうね、いっそカップルストリーマーとして活動してみてもいいんじゃないかしら? と思っただけよ」


 絶対それ炎上する奴じゃん。もっと穏やかに配信を続けられないのか……まあ別に、俺自身は満更じゃないが――


「えっ!? ダメダメ! ボクと優斗はそういうのじゃないの!」


 愛理の態度がこれなので、カップルストリーマーの道はどのみちなさそうである。


「いや……愛理さん。その反応無理がない?」

「えっ!? な、何のことかなー?」


 紬ちゃんがため息交じりに冷やかして、愛理がとぼけたように目を逸らす。そのやり取りを見て、俺と柴口さんは「仲がいいなぁ」としみじみ漏らすのだった。

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