第34話 愛理は負けず嫌いである。
時計は午前一時半を指しており、風呂上がりのいい感じの気分だったので、眠気が来るのは時間の問題だった。
「おー、上がったぞ、入るかどうかは任すけど、あんま夜更かしすんなよ」
「はーい」
明日は早番ではないとはいえ、あんまり夜更かしして翌日まで疲労を残したくはない。俺はネット対戦を楽しんでいる愛理に声を掛けて、布団に入った。
なんだかんだ、こいつは俺の家に転がり込んでくることが少なくないので、彼女専用の寝袋がテレビの裏にしまわれている。寝起きする時は、それを使ってもらうようになっていた。
俺はゲームの音が気にならないように、そして明かりが目に入らないようにアイマスクと耳栓をして眠る事にした。
疲れて居たのだろう。想像以上に早く、俺は眠りへと落ちて行った。
――
二時過ぎ、ネット対戦で負けが込んできたボクは、ゲームを切り上げてお風呂に入っていた。
「むぅ」
なんというか、優斗に女性として意識されていない気がする。湯船から天井を眺めながら、ボクはそんな事を考えていた。
いや、確かに幼馴染で友達みたいな、近い距離間で今まで接していたって言うのもあるけど、何度も泊まりに来てるのにボディタッチも一切ないってどういう事? 意識して考えてみると、少し釈然としないところがあった。
膝を伸ばす事もできない湯船で伸びをして、考える。どうすれば彼に意識してもらえるだろうか。
「んー……」
考える。
よく考える。
とても考える。
「……思いつかないや」
深く考えても、これからの態度を変えて疎遠になったりするのは嫌だし、ましてやダメだった時のことなど考えたくもない。
それでもボクは、焦っていなかった。この気持ちを自覚したのは数日前からだけど、これから先もゆっくりと距離を詰めていけばいい。そう思っている。
ねこまちゃんが優斗と一緒にいる。という事に、もやもやとした嫌な感覚があったのは、最初から気付いていた。そして、彼女が配信中にべたべたと優斗に触っていたことも、彼がまんざらでもなさそうなのも、いい気分はしなかった。
だけどまあ、ボクは優斗と付き合いは長いし、ねこまちゃんも今は謹慎中みたいなものだし、ゆっくり距離を詰めていけばいいだろう。
「よいしょっと」
湯船から出て私は準備しておいたバスタオルで身体を拭いていく、その途中で自分の姿が鏡に映る。うーん、女性的な魅力がないって訳じゃないと思うんだけどな。
そんな事を考えながら服を着て、ドライヤーで髪を乾かした後、部屋に戻る。二人で一緒に寝るときに、用意しなきゃいけない寝袋を出そうとして、ボクは奇妙なものを見つけた。
「レースの切れ端……?」
黒いレースの切れ端だった。カーテンのタッセルとかだろうか? そう思って無視しようかと思ったけれど、ボクはそれがどうしてかとても気になって、摘まみ上げてみる。
「あれ?」
レースの切れ端でも、タッセルでもなかった。それは靴下で、どこからどう見ても女性物だった。
勿論ボクの靴下じゃない。ましてや優斗のじゃない。知らない人の靴下だ。誰のだろう? ボクは疲れで回らない頭を何とか回して候補を探す。
ダンジョンの出入りの時、ほかの冒険者と混ざってしまったのだろうか? いや、ボクとコラボする時以外はソロだろうし、それは無いと思う。だとすると……だれかがこの家に来て、靴下を忘れて行った?
興味本位で臭いを嗅いでみると、洗濯はしていないようだった。女性物の靴下が部屋に脱ぎ散らかされている状況って……何かある?
それ以外にも、ボクが気になるところがもう一つあった。靴下のデザインだ。こういうデザインを好みそうな、ボクと優斗の共通の知り合いが一人いる。彼女は、優斗と距離を詰めていてもおかしくない。
「ねこまちゃん……?」
まさか、そんなはずはないと思いつつ、悪い想像が膨らんでいく。
異性の家で、靴下を脱ぐような用事が何かあるだろうか。少なくとも、普通の間柄ではそうそうない筈だ。そして彼女は、優斗と親しげに話していた。
「……」
渡さない。
ボクの心の中で、初めての感情が渦巻いていた。自分の心臓が焦げるようなこの感覚は、嫉妬って言うのだと直感した。
「負けないから、絶対」
優斗を問い詰める勇気は無い。だけど、ねこまちゃんに彼を取られるのは嫌だった。だから私は部屋の電気を消した後に、少しだけ優斗の隣で寝そべって、彼に私の存在を意識してもらおうと思った。
「ぐー……」
優斗は耳栓とアイマスクで情報を遮断して、完全に寝入っている。ボクは、そのアイマスクだけを取り外す。
「ふふっ、変わらないなあ」
相変わらず、安らかな寝息を立てている。ボクはその寝顔をしばらく眺めていた。
ねこまちゃんはもう彼のこんな表情を見たのだろうか? だとしたら嫌だな……この表情はボクだけが見ていたい。
「……ふぁ」
しばらく眺めていると、急な眠気が襲って来た。そろそろ寝なきゃ――あ、でも寝袋出すの忘れてた。
「……」
じゃあ、このままでもいいか。ボクは眠気で回らない頭でそう考えると、優斗の布団の中へもぐりこんでいった。
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