第33話 風呂が溜まるまでの決闘
コンビニでポテチとかのスナック菓子を二つほど、そのついでに飲み物も買ってからタクシーに乗りなおす。俺のアパートに着いたところで、俺は料金を折半する為に財布を出した。
「あ、大丈夫大丈夫、ボクも降りるから経費で請求しよ」
「……は?」
愛理の言葉に、俺は手が止まる。降りる? なんで?
当然であるが愛理の家まではまあまあある。そりゃあ中学時代は徒歩で行き来していたが、その時はもっと近い実家で暮らしていたし、彼女の家と行き来する時は、当然ながら昼間である。真夜中過ぎのこの時間に、女性が一人で歩けるはずがない。
「優斗、どうせ明日すぐにダンジョン行くし、今日は泊めてよ」
「おまっ――」
驚いて騒ぎそうになるが、すんでのところで言葉を飲み込む。ここで騒いでしまっては、運転手に彼女の正体がバレるかもしれない。
「……わかった。そうしよう。ただし、食い散らかしたらダンジョン行く前に掃除していけよ」
一人暮らしは、自分で掃除しなければならない。仕事をしている間に誰かが勝手に、という訳にはいかないのだ。なので、今散らかされると次の休みまでずっと散らかりっぱなしになるか、働いて疲れた体に鞭打って掃除をすることになる。それはやりたくなかった。
「おっけーおっけー、ちゃんと片づけるね」
愛理はそう言って、事務所名義のカードで支払いを終える。レシートを受け取ると、俺たちはタクシーから降りた。
俺たちは静かに階段を上り、鍵を差し込んで自分の部屋に滑り込むと、ようやく気を抜いていい空間にたどり着いたことに安心して、荷物を玄関に落として、ワンルームの部屋にコンビニで買った菓子類を放り投げる。
「あー疲れた!」
「風呂入れてくるから部屋でゆっくりしてろよ」
「……えっち」
「そういうのじゃないの、お前が一番分かってるだろ」
リスナーに聞かれたら即刻炎上しそうな会話をしてから、俺は湯船を洗って蛇口をひねる。湯加減を調節してから部屋に戻ると愛理はボディーシートで両腕や顔を拭いていた。
「化粧崩れるぞ」
「残念、いつもボクは下地に薄く塗っただけだもんね、あんま変わらないよ」
愛理がそう言って顔を上げると、少しすっきりとした顔立ちになっていた。
「ならいいけどさ」
「これからポテチとかコーラ飲むのにお化粧してられないでしょ」
そう言いながら、愛理はスナック菓子の袋を背面から開ける。そのまま皿代わりにできて、みんなで取りやすいパーティ開けという奴だ。それを床に置くと、愛理は俺に手招きをする。
「ほら、優斗も」
「ちょっと待て、割り箸取ってくる」
「手で良くない?」
「お前がコントローラー触らないなら手でもいいぞ」
うつ伏せに寝っ転がって、クッションを支えに肘を立てている姿勢は、もう完全にゲームをやる姿勢だった。
愛理は俺の言葉に「むぅ」と答えて、手を伸ばす。どうやら持ってきてくれ、という意味らしい。
俺は溜息をついて、台所から割り箸を持ってくる。愛理はそれを受け取ると同時にゲーム機のスイッチを押して、2Pコントローラーを俺に投げてよこす。
「絶対負けないから」
「この時間から格ゲーかよ、お互い疲れてるしやめとこうぜ」
「疲れてるところを狙うのは戦いの基本でしょ?」
「それは自分の体力がある時に言うセリフじゃないか?」
まあ、風呂がたまるまで待つしかないのだ。付き合ってやるのも一興か。
先日紬ちゃんを泊めた時は気を使ったが、愛理はなんだかんだ月に一回程度の頻度で俺の家に泊まっている。さすがに配信の仕事をした後、その足で俺の家にくるなんて事は今までなかったが、お互いにとって「勝手知ったる」という奴だった。
意識しないかと言われれば、当然意識はしている。だが、俺としては自分の欲望よりも愛理の意思を尊重したいというか、一線超えようとした時に彼女から拒絶されることが怖くて何もできずにいるわけだった。
「むぅ……一ラウンド目は取られちゃったか」
ラウンドの合間、彼女の方を見るが、愛理はゲーム画面に夢中なようだった。完全に無防備である。その姿を見て俺は、手を伸ばそうとするが、手が彼女に触れる前に戻した。相手が信頼して背中を見せてくれている時に、そういう事をするのはフェアじゃない気がする。
「ああーっ!!?」
だが、それはそれとしてゲームで隙のある立ち回りをされれば、それを見逃すほどやさしくもなかった。
「隙を見せた方が悪いんだよっ」
画面上で、愛理の操作するキャラクターがコンボを食らって体力を七割削られていた。
「ぐぅっ……」
体力が急激に減ると、プレイが雑になるのが愛理の悪い癖だ。俺は雑にぶっぱしてきた超必を小足で潰し、そのまま押し切って二ラウンドを先取して、勝利を収める。
「負けたー!!」
「ほら、疲れてるんだからそんなうまくプレイできないって、運要素の強いすごろく系ゲームのほうが良いだろ」
「むうぅー、もう一回!」
「聞けよ」
俺の話を一切聞く気がない彼女に苦笑しつつ、俺は再戦を受けて立つことにする。
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