第32話 出ねえ

「うーん、出ないなー……」


 入る人の数だけボスとダンジョンが生成される。とはいえそれには制限がある。


 無秩序に入ってダンジョンとボスの数が凄まじい事になると、人類側もダンジョンをコントロールできなくなってしまうのだ。


 なので、ダンジョンには午前七時を基準として一日一回の入場制限があり、それを当日中に解除する為には、ダンジョンボスを倒す事が必要で、その制限解除も一日二回まで、つまり、一パーティで同じダンジョンに入れる回数は、最大で三回までという事になっていた。


「まあ、今日はここまでだな」


『仕方ないねー』

『ちくわの物欲センサー強力すぎだろ』

『しかしモブは逆鱗出してるし、出ない訳じゃないんだろうな』


 リスナーが口々に解散ムードの言葉をコメントする。もう既に日付が変わっている。このまま別ダンジョンまで行って狩り続けるのは、さすがに注意力や体力が万全ではなくなってしまう。日を改めるべきだろう。


「むぅー、悔しいっ! 次回も研磨石掘りながら逆鱗マラソンするからよろしくねー! それじゃ!」


 ちくわは自分の感情をおどけた雰囲気で表した後、両手を振ってドローンのスイッチをオフにする。配信が終了になったところで、俺は深く息を吐いた。


 正直、今は立っているだけでもかなりの疲れを感じている。シャツはびっしょりと汗を吸っているし、体中にダンジョンでついた土埃が皮脂と合わさってべたべたとした感触がある。


「あー、疲れたー……三周してでないってどういう事って感じ……」


 疲れていたのは愛理も同じようで、彼女はその場にしゃがみこむと、ため息と共にそんな事を言った。


「優斗ー、タクシー呼んで」

「はいよ」


 俺は配車アプリでタクシーを手配して、身体に着いた埃を最大限払う。まあ乗車拒否はされないだろう。


 疲れた体を引きずって、愛理と一緒にダンジョンの外に出ると、俺はクラウドストレージに素材を移動させていく。


「……あ」


 エルダードライアド、ギルタブルル、サラマンダー、色々なボスモンスターを倒してきた。その素材はモンスターによって違う訳で、そう考えると保存できるスペースはすぐに一杯になってしまう。俺が採集中心という事もあり、色々と低レアリティの物から高レアリティの物までが、あまりにも雑多に、ぎゅうぎゅうに詰まってこれ以上入らなくなっていた。


「ん、優斗、どうしたの?」

「いや、ストレージが……」


 愛理に見せると、彼女は少し唸ってからこたえてくれる。


「あー、無料プランだもんね、とりあえず480円のプランに入ったら? ワンコインで容量四〇倍になるし」

「んー……確かに」


 ここまで来て意地でも無料プランを使い続けるのもなんか変だし、柴口さんに言えば俺のも経費扱いで落としてくれるかもしれない。


 俺はそう判断して、ストレージのサブスクリプションを開始する。愛理が使うのを見ていた時は無縁だと思っていたが、まさか俺も使う事になるとはな。


 スマホの課金画面を通過すると、ストレージの空きが一気に広がった。これならストレージの空きを気にしてやりくりする必要はなくなりそうだった。


「あと1000円出せばそれの四倍にもできるけど、コスパを考えるならそのプランが最適かなって――あ、ボクはその四倍のプランなんだけどね」


 そう言って愛理がスマホからストレージ容量を表示させると、六割ほどが埋まっていた。さすがはトップストリーマーである。


「そんなにいっぱいになるんだな」

「割とすぐ一杯になるよ、優斗もボクと同じプランになるまであと何か月かな?」


 あまり考えたくない未来を提示されて俺は苦笑いを返す。そこでようやくタクシーが到着した。


「えーと、いまから言う住所に行ってもらっていいですか? 郵便番号は――」


 この位置からは、俺の家の方が近いので、先に回ってもらうようにした。俺たちの汚れた服装を見たら、運転手は嫌な顔するかなと思ったが、幸いなことに深夜の暗がりではっきりとは見えなかったらしく、特に何も言われずに済んだ。


 席に座るとすぐに睡魔が襲ってくる。起こしてもらえるかもしれないが、ここで中途半端に寝るくらいなら、我慢して風呂入った後に盛大に寝てしまいたい。そう考えて、俺は取れた素材で作れる装備品をチェックすることにした。サラマンダーの素材を作った防具は、なかなか強力そうなので、ありがたく使わせてもらおう。


「あ、運転手さん。コンビニ寄ってもらえますか?」

「愛理?」


 思わぬ寄り道に、俺は思わず彼女の顔を見る。その表情には疲れが浮かんでいたが、それと同時に楽しさのような物もあった。


「いや、だってさ、逆鱗出ないし、疲れたし、ポテチとかお菓子買いたくなっちゃうじゃん?」

「まあ、気持ちは分かるが」


 腹に手を当てて考えると、俺も小腹が空いていた。何かホットスナックを買って帰ってもいいかもしれない。


「じゃ、寄ってくって事でー」

「寄るのは良いけど、買いすぎるなよ」


 彼女は昔から、そこまでたくさん食べる方ではないのにお菓子やら食べ物やらを買いすぎる癖があった。それを毎回押し付けられる身にもなってほしい。


「分かってる分かってるー、えーと、ポテチとプリンとー……」


 ……分かってないな。こいつ。

 もう突っ込むのも疲れたので、俺はぼんやりと窓の外を見ることにした。

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