第48話 賭博なんとか録ちくわ

 『今日は見てくれてありがとー! 次の配信は一週間後だけどその時もよろしくね!』

「スパコメ読み配信は?」

『あっ、コメ返しはその配信より前にあるよね。ごめんごめん』


 ねこまの配信を見ていると、確かに「何か変わった」という感じはすごくする。休止以前のねこまを後で見返す事があったが「ごめん」という言葉は出ていなかったし、下手するとあのタイミングで「めんどくさいからナシで」とか言い出しかねない危うさがあった。


「ね、優斗さんスマホで何見てるの?」

「昨日の配信、途中までしか見てなかったし」


 ほぼほぼ終わりに差し掛かった頃、画面の中でリスナーに応対している女の子と同じ顔が覗き込んできた。ロケバスの外を見ると高速道路に入ったところのようで、ここからだいたい一時間半くらいか、暇つぶしの消費ペースは少し早いように思えた。


「目の前に私がいるのに、それってなんか変じゃない?」

「うーん確かに、でもまさか温泉に行くのがこの面子だとは思わなかったからさ」


 函山はそこまで遠くないとはいえ、周りがキラキラしたインフルエンサーの中、俺みたいなのが居ても場違いだろう。多分性格的に旅行中もSNSに写真上げたりするだろうし、隅っこでじっとしているための準備は大量に持ってきていた。


「そうだよ優斗! じっとしてないで、みんなでトランプしよ?」


 俺が色々と弁えて大人しくしていようと心がけていると、紬ちゃんに続き愛理も身を乗り出してきた。


「良いけど……お前――」

「じゃ、決定ね! 紬ちゃんと柴口さんもやるでしょ?」


 俺があることを指摘しようとしたが、愛理はその反論を許さず、柴口さんにまで声を掛けてトランプをシャッフルし始めた。


「うん、いいよ愛理さん」

「そうね、人数は多いほうがいいものね」

「よーしじゃあババ抜きやろう!」


 二人とも退屈を持て余していたのか、快くOKしてくれる。俺の心配は別の所にあるのだが……まあロケバスは広いし、大丈夫かな。


 俺は愛理に配られたカードからペアになっているものを選んで四人の真ん中に置いていく。結構残ったが、これは運が100%なので仕方ないだろう。


「誰から引く?」

「じゃんけんでいいだろ。最初はグー、じゃんけん――」


 全員が一斉に出す。


 俺、パー。

 愛理、パー。

 紬ちゃん、パー。

 柴口さん、チョキ。


「ふふ、じゃあ私から時計回りに引いていくようにしましょうか」


 柴口さんの手札を見ると、もう既に数枚のカードを残すのみとなっていた。運がいいなあ。


 柴口さんは紬ちゃんのを抜いて、紬ちゃんは俺、俺は愛理、愛理は柴口さん、そういう順番で引いていくことになる。


「ふふ、ありがとうねこまちゃん。そろったわ」

「柴口さんいいなー……じゃあ、優斗さん。私に三を引かせてね」


 柴口さんは紬ちゃんから引いた数字で正解を引いたらしく、カードを二枚置いた。


 そして俺の手札には、残念ながら三は無い。というかさっき二枚セットで捨てたところだ。という事は残り二枚で、一枚紬ちゃんが持っているという事は、柴口さんか愛理が産を持っているってことで――


「……って、そういう揺さぶりは止めなさい」

「えへ、ごめんなさーい」


 バス移動中の暇つぶしでギャンブル漫画みたいな心理戦をしたくはない。しかも何かがかかっているという訳でもないのに、俺は無心になって紬ちゃんにカードを引かせ、続いて愛理からカードを引く。よし、一ペア減った。


「ちくわちゃん。私はババを持ってるわ」

「えっ……」

「ふふ、貴方は何を引くかしら」


 しかし、どうやら愛理は高度な心理戦を展開しているらしく、揺さぶりとブラフの混じった攻防で指が迷いに迷っていた。


「ぐぐっ……こっち!」

「あら、残念」

「やったあああああ!!」


 滅茶苦茶にギャンブル漫画的な思考をしていそうな愛理は置いておいて、俺はババ抜きを続けていく。二、三週もすると、柴口さんは全てのカードでペアを作り終え、最後の一枚を愛理に渡して「一抜け」していた。


「早いですね、流石です」

「運が良かっただけよ。でもありがと」


 そう言いながら、柴口さんは捨てられた札をシャッフルする。ギャンブル漫画なら、この動作に何らかのいかさまが仕込まれてそうだが、残念ながら俺たちはそんな世界に生きていない。


「んむぅー……」


 ……一人を除いて。


 そして、やり取りが続くうち、全員のカード総数が減っていき、紬ちゃんが次にカードをすべて捨てた。


「やったー! 二番目!」

「っ……!!」


 多分だが、愛理のリアクションからして、あいつババを引いているな。こうなるとカードの総数が三枚になるまで一気にゲームが進み、どちらがババじゃない方を引けるか、という展開になるのだが……


「……」

「愛理?」


 俺は彼女の様子がおかしいのを察して声を掛ける。顔面が蒼白で、唇が小刻みに震えていた。


「あっ! ちょ、ちょっと窓開けて!」


 俺はその顔を見てすべてを察する。愛理はもともと乗り物にめっぽう弱いのだ。それなのに集中力が必要な事をしたせいで、完全に車酔いしているのだ。


「高速に乗ってる時に開けられるわけないでしょ!」

「じゃあ愛理! ババ抜きは終わり! シートを横にして休もう!」


 振り振ると首を横に振る彼女だったが、その姿はあまりにも頼りない。仕方がないので「俺の負けだ!」と宣言してやると、ようやく横になってくれた。


「ふぅー……二人とも、あんまり愛理をいじめないでくださいね」

「はーい、ごめんなさーい」

「ごめんなさいね、ちょっと面白くて」


 ぜんぜん反省してなさそうな二人にため息が出そうになりつつ、俺は愛理に水を渡すのだった。

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