第44話 ケルベロスこわい

 ダンジョンを奥へと進んでいくと、目の前に大きな扉が現れる。サラマンダー周回の時に何度も見たことがある。この先がボス部屋になっているはずだ。


 それにしても――俺は今までの事を思い出す。


 ケルベロス……そういえば、ちくわが遺物系装備を拾ったのも、こいつを倒すためにダンジョンに入ってる時だったか、懐かしいなぁ、あの頃はまさか俺が戦う羽目になるとは思わなかった。


「じゃあ、モブ君にねこまちゃん。準備は良い?」

「オッケー!」

「大丈夫です」


 俺とねこまはそれぞれちくわにオーケーサインを出して、武器を構える。俺は毒付与の槍で、ねこまはいくつかのポーションと、魔法を使うための杖だった。


『ちくわちゃんのドラゴンデストロイヤーがどれだけ強いか楽しみ!』

『ねこまもいつものポーション以外にも杖持ってるじゃん。戦う気満々だな』

『マンダの初陣期待してるぞ!』


 どうやら魔法は、ゾハルエネルギーを効率的に循環させられる触媒があると、効果が増すらしい。俺がいくら火球を使ってもこぶし大の火の玉しか出せないのは、それが原因なんだろうか。とかちょっと考えたが、ねこまは魔法マスタリーが高いため、低レベルの魔法でも威力を出せるっていう話だった。


 これから戦う事になるケルベロスは、打ち合わせの時の話を参考にすれば、三つ首の大きな犬って言うのは前提として、炎に耐性を持っていて、三つの首によるコンビネーションが厄介な相手とのことだった。


 そういう訳で、俺の装備はサラマンダー素材の物で固めて、武器は火属性を選択しなかった。そして、マンダは残念ながら攻撃には役に立ちそうにないので、コメントで期待されているような戦いは出来ないかもしれないと、うっすら思った。


「じゃあ、いくよー!」


 ちくわが強く扉を押して、内部が徐々に見え始める。


 薄暗い部屋から白い煙が地面を這うように溢れ出てきて、何かが焦げた臭いが鼻を衝く。配信でしか見ていなかったが、ケルベロスの強さが肌身を通して感じられるようになると、足が竦む思いだった。


「モブ君、頑張ろうね!」


 そんな俺の内面を知ってか知らずか、ねこまが声を掛けてくれる。俺はその言葉に静かに頷くと、気を取り直して槍を握りこんだ。


「グルルルルッ……」


 扉が完全に開くと、暗闇の中から三つに重なった獣の唸り声が聞こえる。そして、目が慣れ始めると六つの紅く光る眼が現れ、次いで暗闇からはい出したように真っ黒な犬のシルエットが浮かび上がる。


 その大きさは、さすがにマンダほどではないが十分に大きく、牙の一本が俺の前腕と同じくらいの大きさをしていた。


「ガァッ!!」

「っ!?」


 既に携帯体勢に入っていたケルベロスが、大人しく扉が完全に開くのを待つはずがなかった。首一つが何とか入る大きさまで開いた扉に、ケルベロスの真ん中の頭が突っ込んでくる。


「フリーズバインド!」

「ギャンッ!?」


 ねこまの鋭い声で魔法が発動し、ケルベロスの前足が凍り付いて地面に固定される。それによって止まることは無かったが、十分規制を削ぐことができ、ねこまとちくわは部屋の中へと滑り込んで、二人のコンビネーションで撹乱と挑発を行う。


「ガアアァァッ!!」


 三つの頭全てが二人に注意を向けたところで、俺が部屋に滑り込み、モビに指示をして撹乱に加わるように命令する。


「キュイッ」


 モビの撹乱により、ちくわとねこまに余裕が出来て、二人は改めて体勢を立て直す。


「さて、かてるかな……っと」


 モビに向けて何度も噛みつきや前足での引っ掻きを繰り出すケルベロスを見て、俺は足に力を込めた。


「っ!!」


 槍マスタリーと回避マスタリーはそれなりのレベルに達している。そうであれば、モビの撹乱で注意が削がれている状態まで持ち込めば、ケルベロスの攻撃を捌いて躱しつつ、俺の槍による攻撃を当てることができるのではないか、俺はそう見込んで黒くて筋肉質なシルエットの魔犬に向かって走り、槍を突き出した。


「バウッ!!」


 しかし、槍はケルベロスの胴体をかすっただけで終わってしまう。相手が反応して避けたというのもあるが、毛皮自体の防御力が高く、かなりの切れ味が無いといなされてしまうような感触があった。


「モブ君っ!」

「っ!?」


 ちくわの声と、俺の身体が動いたのはほぼ同時だった。


 回避マスタリー様様というか、ケルベロスは俺の刺突を躱しざま、頸の一つが俺の身体に食いつこうとしており、俺の身体は槍を持ったまま横に倒れて転がり、間一髪その顎門から逃れることができたのだった。


 俺が体勢を崩したところで、モビとちくわの撹乱が入り、俺はその隙をついて何とか安全圏まで戻ってきた。


「はぁ……あぶねえ……」


 ちくわとモビにも感謝だな、防具はあるとはいえ、あの獰猛な牙を突き付けられるのは肝が冷える。


「モブ君大丈夫?」

「あ、ああ……」


 息を整えたところで、ねこまが声を掛けてくれた。


「ちくわちゃんと協力して、もう少し時間を稼いでね、そしたら私のすごいところ見せちゃうから」


 彼女は不敵にそう言うと、杖を両手で持って地面に突き立て、集中を始めた。

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