第43話 ねこまバージョン2.0
柴口さんに案内された先――いつものミーティングルームの一室で、紬ちゃんはじっとしていた。
「あ、優斗さん! こんばんは!」
彼女は俺に気が付くと、表情をパッと明るくして挨拶をしてくれた。前回あった時とは打って変わって、配信時みたいな雰囲気を纏っており、俺は息を漏らした。どうやら母親を説得できないという、最悪の事態は避けられたようだ。
「紬ちゃんこんばんは、柴口さんに言われてきたよ」
「ボクも来たよ!」
俺の後ろで愛理が声を上げて、紬ちゃんは愛理にも「こんばんはぁー」と気さくに返事をした。
正直なところ、第一印象としては配信休止前とそう変わらないように見えたが、何故か危なっかしい雰囲気は鳴りを潜め、彼女が持つ不思議な人懐っこさだけが残っていた。
「ごめんね、明日コラボ配信なのに」
「まあ、大丈夫」
「そうそう! それよりねこまちゃん。お母さんとちゃんと話せた?」
俺達が気になっていたのはそこだった。柴口さんが問題にしていない以上、恐らく問題は解決していると思うのだが、一応彼女の口から聞いておきたい。
「うん、ちゃんと話したら分かってくれたって言うか、私が『やりたい』って言ったら、ママは安心したって」
「え、どういう事……?」
確か、お母さんって危ない事をしている紬ちゃんに、そういう事をしてほしくないって態度じゃなかったか?
「あ、え、っと、本気でやりたいならいいよって事!」
「なるほど、それならお母さんも応援してくれるね!」
ビシッと親指を立てて愛理がそう言うと、紬ちゃんは「うん!」と元気よく応えた。
「それで、お母さんも応援してくれてるし、早く配信の謹慎期間を終わりたいんだけど……」
なるほど、色々話して成長したんだろうな、と俺はなんとなく感じ取った。
「んー、俺は別にいいんじゃないって思うけど、愛理は?」
「ボクもいいとは思うけど、問題はボクたちが太鼓判を押しても柴口さんの不安はなくならないんだよね」
柴口さん自身が俺たちの判断を参考にすると言ってくれていたが、全面的に信頼するという訳ではないだろう。自分の中で「大丈夫だ」という確信があるのなら、俺たちに聞く理由がないし、不安で訊いたのなら、俺達が同じ答えを出したところで「俺達が知らない部分にある懸念材料」に不安を感じる事だろう。
「ど、どうかな……?」
「うーん……」
どうやら愛理も同じ考えに至ったようで、困ったようにこちらに視線を向けてきた。そうだよな、ここはどうするべきか……
周囲を見回したところで、ヒントになりそうなものは全く無い。どう頑張っても名案が思い浮かばないまま、最終的に紬ちゃんを目が合った。
「えっと……?」
紬ちゃんは不安そうな顔でこちらを見ている。そこで俺はある事に気付いた。
「そうか!」
この場にいる全員が紬ちゃんは変わったのか、無事に配信できるかどうか、不安で仕方ないのだ。彼女自身さえも不安に思うほどに。
「優斗?」
「愛理、ちょっと相談なんだけど――」
だとすれば、全員がサポートしてやればいい。その為のスケジュールは、既に組んであるじゃないか。
――
まさか、この重要なコラボ配信でプレ復帰配信も一緒にやるなんてね。
ねこまちゃんがリスナーに向かって反応を返しているのを見ながら、ボクは優斗の判断は間違っていなかったことを実感していた。
あの提案を聞いた時は、ねこまちゃんと柴口さん、そしてもちろんボクも驚いた。この重要な配信でそんな不安要素を入れて大丈夫なのだろうか、そんな疑問を彼に直接ぶつけもした。
――みんな不安に思ってて、気を付けているなら失敗するはずがない。
その質問に、優斗はきっぱりとそう答えた。
ボクだって、ねこまちゃんがとても慎重に考えてくれている事は分かっていたし、柴口さんも全力でバックアップをすることが分かっていた。問題は謹慎前後でねこまちゃんの振る舞いがしっかり変わるかどうかだけ。
そして、それはねこまちゃんが一番不安に思っていることで、不安に思っているからこそ安心できることだった。
だから、ボクたちがすぐ近くにいて、ねこまちゃん自身も襟を正して参加するはずのコラボ配信を選んだのだ。優斗はそこまで考えていたかどうかわからないけど、実際このタイミングで「珠捏ねこま」のプレ復帰を告知できたのは、SNSのトレンドを狙う意味でも、多くの人に見られるという意味でも、ベストだった。
「じゃ、今日は三人でケルベロスに挑んじゃいまーす! 私、モブ君、ちくわちゃんで一人一つ頭を潰せば何とかなるかな?」
そして、参加してしまえば吹っ切れたのか、ねこまちゃんは自然に振る舞えていた。
『なんか、ねこまちゃんかわいくなった?』
『前みたいに地雷系一歩手前の魅力は無くなっちゃったけど、こっちのが好みだわ』
『謹慎中に一皮剥けたみたいだね』
リスナーからのコメントも上々で、ねこまちゃん自身の持つ魅力に磨きがかかったように感じる。
「えー、可愛くなったってー? ありがと、私も頑張って成長してるからね! これからも目を離しちゃいやだよっ」
ねこまちゃんはポーズをとって、リスナーにしっかりと答える。その姿からは、昨日までずっと付きまとっていた自身の無さを全く感じられなくなっていた。
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