第9話 バイト中の出来事
「篠崎君、今日なんか動き変だけど大丈夫?」
チーフからそんな事を言われて、俺は愛想笑いを返す。
「あはは、実は昨日、慣れない運動をしまして、全身筋肉痛なんですよ」
なんとなく、自分がちくわのチャンネルに出ていたモブだとは、言わないほうが良い気がした。今までソロでやっていた女性ストリーマーに男の影! ……って感じの煽りも見たし、人間どこから恨みを買うか分かった物ではないのだ。
「そうか、陳列きつかったら今日はレジ打ちに専念してくれてもいいぞ」
「いえ、大丈夫です」
街の食卓を支えるスーパー。俺はそこで働いている。今は昼時が終わり、夕飯の買出しに混雑し始める直前くらいの時間だ。
「あ、篠崎さん、昨日のちくわちゃん見ました?」
同僚の山中が話しかけてくる。彼は昼はここでバイトしながら、通信制大学に通う苦学生だ。俺はひそかに彼の事を尊敬している。高校卒業してちゃらんぽらんな感じになっている俺よりも、確実にしっかりと生きているからな。
「ん、ああ、なんかネットでニュースになってるな」
ここで「知らない」と答えるのも変だろう。俺は怪しまれないために無難な返答をした。彼は犬飼ちくわの熱狂的なファンで、ただでさえ幼馴染という事で羨望の視線を受けているのに、ゲスト参加したなんていったら刺されかねない。
「すごいですよね! 本当はドライアドも一瞬で倒しちゃうような凄腕だったんですもん!」
「そうだな……ん?」
彼の話しぶりに、違和感を覚える。ドライアドも一瞬で倒しちゃうような凄腕? その言い方だとエルダードライアドって結構強いボスなんじゃないか?
「あのさ、山中……エルダードライアドって強いのか? 初心者向けダンジョンのボスなのに」
「当り前じゃないっすか篠崎さん! ボス討伐なんて初心者用だろうが上級者向けダンジョンだろうがダンジョンハッカーの仕事ですよ!」
「……」
山中の満面の笑みに、俺は表情をこわばらせた。愛理……後で文句言ってやる。
「というかエルダードライアドなんて、倒した後の第二形態があるボスなんてかなり討伐難度が高いボスですからね! やっぱりちくわちゃんはすごいですよ!」
「お、おう……そうか」
やっぱり初期装備攻略動画出してる奴は人間卒業してる感じの奴じゃねえか、危うくマジで死ぬところだったな。
「それと、あとモブさんですよね」
「ぶっ!? ……ゴホッゴホッ」
思わず吹き出してしまったので、咳き込むふりをしてごまかす。
「テイムモンスターを連れてる日本人冒険者なんて知らないですし、本当に始めたばっかりの初心者なんですかね?」
「さ、さあ……」
今目の前に居るんだが……とは言えるはずもなく、俺は適当にはぐらかして首をかしげた
「それにしても、俺は安心しましたよ」
「安心?」
「だってちくわちゃん、元気なのは元気なんですけど、コラボとかそういうのとは全然無縁で、友達いない説まで出てましたから」
まあ確かにあのルックスと性格にしては、愛理はかなり友達が少ない。いや、正確には友達を作ろうとしていないが正しいか。
ちょっと声を掛ければすぐに友達でも彼氏でも作れそうなものなのだが、どうも彼女自身、交友関係の広げ方がわからないらしい。
「まあ、昔から知り合いを増やすの苦手だったからな」
誘われればついていくが、自分から誘う事は無い。忙しそうだとか、他に予定がありそうだとかで、段々と誘う側は遠慮し始める。結果、友達が居そうなのに全然いない人間が出来上がるのだ。
「あ、出ましたね、幼馴染マウント!」
「だから別にマウントじゃねえって」
俺と山中は、チーフに怒られるまで犬飼ちくわについての話をした。
――
仕事を終え、配信が始まるまでの時間で俺は昨日のダンジョンで手に入れた物の整理と強化を行っていた。
エルダードライアドのドロップ素材はやはり優秀で、ショートパイクの製造に必要な大樹の枝も、このボスのドロップ品だった。
モビをストレージから出そうとしたが、どうやらダンジョン内以外では取り出しにロックがかかっているらしく、出てくることはできそうになかった。
なんにしても、今はモビを強化するなって言われてるし、俺は大人しく装備品を作っておこう
ショートパイクの製造ボタンをタップして作り、とりあえず作れそうな防具を部位ごとに片っ端から作っていく。まあアイテム欄は不格好だが、見た目はダンジョン攻略中反映されないので、こだわる必要も無いだろう。
「あ、そうだ」
装備品を作り終わった後、自分のステータス画面を確認しておこうと思った。
――装備品
武器:ショートパイク
頭:フォレストヘルム
胴:アイアンメイル
腕:ウッドガントレット
腰:ウエストプロテクター
足:アイアンレガース
――スキル
短剣マスタリーLv1
回避マスタリーLv1
テイミング適性Lv★
前回は初期装備のナイフで戦ったから短剣のマスタリーが上昇したらしい。マスタリーって言うのはゲームの知識をそのまま当てはめるなら、熟練度と言ったところだろうか。
装備品は見事に気持ちの悪い並び方だし、腰に至っては作れるものが無かった。とはいえ初期装備のまま突撃するよりは随分マシだろう。
そんな事を考えながら識別票の中を弄っていると、ストレージの空き容量が少なくなっていることに気付いた。愛理はクラウドストレージを契約しているが、俺もどこかにアカウントをとったほうが良いだろうか。
パソコンに向かってクラウドストレージサービスを探そうとすると、リマインダーが鳴る。ちくわの配信が始まる時間だ。俺は検索を後回しにして、犬飼ちくわのチャンネルから配信画面へアクセスした。
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