第60話 願いは遥か

 放課後、クラスにて文化祭の出し物の準備を手伝う。

 でかいベニヤ板に仄暗い色を塗りながら、なんでお化け屋敷なんて手間のかかる出し物が選ばれたのか首をひねる。


 まあ、こういうのって一致団結感でるもんな。

 うちのクラスは陽キャの集まりだし、みんなワイワイと楽しそうに作業していた。


 するとクラスメイトの男子が近づいてきて、俺のとなりで作業中の水無月さんに声をかける。


「水無月さん。その、よかったら何か手伝おうか?」


 茶髪で遊んでそうな見た目のわりには、照れくさそうに鼻をかいて。

 あきらかに、水無月さんに気のあるそぶりだった。


「……あ、うん。大丈夫です、ありがとう」


 ハケを動かす手を止めて、茶髪男子を見上げながら微笑む水無月さん。

 清楚に女の子座りしながら小首をかしげる。


「えと……魚沼くん、見なかったですか?」


「え? 魚沼? あー……見てないけど、部活とか行ったんじゃない?」


「そうですか……。――……チ」


 舌打ちした!

 今ぜったい舌打ちしたよな!?


 茶髪男子には聞こえなかったようで、“あ〜やっぱ噂は本当なのかな~”的な顔をして残念そうに去っていった。


 水無月さんは、また静かにハケをベニヤへ這わせはじめる。


「……弓削くんは、お化けや呪いってあると思いますか」


「え!? あ、あー。あるんじゃない? あるところには……」


「そう。気が合いますね。……彼は信じようとしないのに、必死に反転させようとしている。これっておかしいですよね。本当に、おかしな人……」


 俺は曖昧にうなずくことしかできなかった。

 お化け屋敷なんかより、水無月さんと話してる方がよっぽど怖い。




 クラスでの割り当て作業を終えたら、部室に向かう。


「――ぅおい! クラスの出し物準備手伝えやおらあああ!」


「開口一番叫ぶのはやめてくれよ弓削くん。作業ならここでやってる」


「そうじゃなくて! クラスでやりゃいいじゃん、水無月さんかわいそうだろ?」


「き、君にそんなこと言われる筋合いはないよ」


 というか魚沼くんが近くにいないと、何やらかすかわからない危うさを感じるのだ。

 しかし魚沼くんはテコでも動かない様子。


「……まあいいや。クラスの男子が部室にいるって水無月さんに教えてたし、ここに来るかもな」


「なっ!? ぼ、僕はこれで失礼する!」


 いつも通り魚沼くんが逃げ出し、ひとりになった部室で窓を開ける。

 11月の風は冷たく、身が引き締まる思いだ。


 窓からは本校舎が見える。

 日は落ちかけているけど、ヨリコちゃんのクラスにはまだ明かりが灯っている。


 あとはこの部室で、あの教室の明かりが消えるまで作業するだけだ。

 都市伝説創作部としての、文化祭の出し物。


 椅子に腰かけ、原稿用紙を広げた。

 もう書く内容は決まっている。

 想いを込めて、一心不乱にシャーペンを動かしていく。



◇◇◇



 没頭状態からふと我に返り、窓の外を見る。

 本校舎の明かりはほとんどが消えていた。


 俺は鞄を掴み取ると、全力疾走で校門へと向かった。




 今日も校門前で無事、目的の人物を見つけて駆け寄る。


「ヨリコちゃん!」


 寒そうに縮こまるヨリコちゃんが、秋風に流れる髪を押さえ、振り返る。


 夏に比べて少し伸びた黒髪が、本当に綺麗だと思った。


「……ソウスケくんじゃん。なんか放課後、よく会うね?」


「ほんと、奇遇奇遇。いっしょに帰らない?」


「いいけどさ。まだ何人か残ってんだから、あんま馴れ馴れしくしちゃダメだよ?」


「わかってるって」


 奇遇なものか。

 文化祭の準備がどんなに忙しくても、ヨリコちゃんが帰宅するこの時間だけは外さない。


 俺は文化祭で告白する。

 失敗したら……なんて、そんなこと考えたくはないけど。

 もしそうなったら、これまで通りじゃ当然いられないだろう。


 ヨリコちゃんと過ごす時間を、少しでも長く、大事にしたかった。


「はぁ〜……ホント寒くなったね。そろそろマフラーとか手袋、いるかも」


 手に息を吐きかけるヨリコちゃんと、並んで夜道を歩く。


 コート着て、マフラーや手袋でモコモコしたヨリコちゃんもぜったいかわいいに違いない。


「あ、この先のコンビニで肉まん買わない? 俺、おごるからさ」


 ふたりの時間をなんとか引き伸ばしたくて、あさましく提案した。


 ヨリコちゃんはあごに指先をあて、ふむふむとうなずく。


「いいねぇ。でもおごるとか無理すんなし、後輩のくせに。あたしだって夏のバイトの分まだあるからね」


 結局割り勘――というか自分の分は自分で買うことになり、肉まんと缶コーヒーを手に公園へ立ち寄ることに。


 こんな時間だから、公園内に人影はない。

 暗い中に佇む遊具が、どこか物悲しくも見える。


「ヨリコちゃん、あそこ座ろう」


 もちろんアレの携帯はすっかり習慣づいている。

 ベンチにハンカチを広げ、ヨリコちゃんの座る場所をしっかり確保した。


「えへへ、ありがと! ちょっと照れくさいけど、そういうとこホント紳士でカッコいいよ? 高ポイントです!」


「やったぜ!」


 ヨリコちゃんのすぐとなりに腰かけ、浮ついた気分で缶コーヒーを飲んだ。

 冷えた体に琥珀が染みる。


 片足ずつをぷらぷら振り子のように揺らして、ヨリコちゃんのかかとが公園の土をザクザクと掘っていく。


「あ〜あ……来年の今ごろ、ちゃんと大学生やれてんのかな、あたし」


 目先の文化祭しか頭にない俺と違って、ヨリコちゃんの瞳は遠くを見つめていて。


 漠然と不安になった。


 来年、か。

 来年の今ごろも、俺はヨリコちゃんとまだこうして過ごせているのかな。

 ヨリコちゃんのとなりに、並んでいられるんだろうか。


「……てかホント、寒いね!」


 手のひらにハァハァ息を吹きかけて、肉まんを頬張るヨリコちゃん。

 もどかしくなった俺は、ただ「うん」とだけ返事をした。


 触れられないのが、もどかしかった。


 告白して、やっぱりヨリコちゃんと付き合いたい。

 彼女にしたい。

 その手を包んで、あたためるのが俺でありたい。


 欠けた月を見上げながら、そう強く願った。

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