第43話 期待と不安

『――ごめん。これからはふたりでとか、会えないから』




 ヨリコちゃんからそう電話で告げられたのは、体育祭があった日の夜だった。


 まあ、当然だよな。

 ケンジくんも最大限に警戒してるようだったし。

 これまでが異常なほど甘かったんだよ俺に。


「はぁ~~~~」


 大きく息を吐いた俺は、部室の机に突っ伏した。

 シャーペンを手にしてはいるが、寝取られシナリオがまるで捗らない。


 というか続ける必要ある? これ。

 ヨリコちゃんはケンジくんと仲直りしちゃってるしさ。


 続ける理由としては……俺がやりたい、くらいしかもうない。


「……スランプかい? 弓削くん」


 ふさいでる様子を案じてくれたのか、魚沼くんが呪術の本から目を外した。

 疲れてるのかな、目頭をぐいぐいと揉んでいる。


「ああ、スランプといえばそうなのかも。魚沼部長は、こんなときどうしてるんだ?」


「ふむ……創作はリビドーだと前に言ったけれど、とうぜん勢いだけで物語は紡げない。そんなときは」


「そんなときは?」


「やはり外に出るしかないよ。行ったことのない場所にでも出かければ、見識も広まるしリラックスにもなる。創作にあらたな発見があるはずだよ」


「なるほど……」


 でも出かけるったってな。

 行きたいところもとくにないし。

 自転車で日本1周するとかか?


 そ、想像しただけでめんどくせえ。


 そのとき、前触れなく部室の扉がガラリと開いた。


「おすおーす。やっとるかー? 我が愛しい部員の諸君ー」


「なんだ、マオか。愛しいなら部を押しつけて放置したりなんかしないよな?」


「卑屈だなーソウスケー。かわいい子には旅をさせろって言うじゃん?」


 マオの場合、谷底に突き落としたうえでけらけら笑ってそう。

 獅子だし。


 でも崖を登ってきた我が子は愛情たっぷりに鬼かわいがりそう。

 マオだし。


 来訪者はひとりではなく、仁王立ちのマオを押しのけるようにして、腰までさらりと伸びた長髪をなびかせる女子。


「獅子原、訪室するときはノックくらいしろ、まったく。……魚沼部長に、弓削副部長だったな? 今年の文化祭、獅子原は引退したとかぬかすから話を聞きにきたのだ」


「あ。ユウナちゃん」


 なんでここに? と一瞬思ったが、ユウナちゃんの腕には“生徒会”の腕章がついていた。


「ああ弓削、体育祭の二人三脚は見事だった。ケンジもいつになく楽しそうにしていたな」


「え? あれで?」


「フフ、ああいう奴なのだ」


 そう言って笑うユウナちゃんも、どことなく嬉しそうに見える。

 やっぱりこのひともケンジくんのこと、憎からず思ってるらしい。


「と、話がそれたな。文化祭だ、今年も都市伝説創作部には期待していると言いにきたのだが……魚沼部長、参加の意思はあるか?」


「はいはーい! もちろんあるよーみんな楽しみにしてっからねー!」


 魚沼くんが返事をする前に、勝手に代返したマオを流し見るユウナちゃん。


「おまえには聞いていない。だがまあ、こちらとしても参加してもらえれば嬉しいのだが」


「……そんな期待されてんですか? この部活」


「獅子原……おまえ、もしかして部員に何も説明していないのか?」


「今日! 今日しようと思ってたのー! だから部室にきてんじゃん? はーわっかんねーかなー」


「くっ……。まあいい、ではちゃんと説明しておけよ。ではな魚沼部長、弓削副部長。個人的にも楽しみにしているぞ?」


 ユウナちゃんは颯爽と部室をあとにした。

 あんな聖人を怒らせられるのってマオくらいじゃないか?


 マオはやれやれと肩をすくめると、椅子をガガーッと豪快に引いて座り、偉そうに足を組む。


「……で? 元部長、なにやんだよ文化祭って」


「まー大したことじゃねーよ? オリジナルの都市伝説書いて、それを演劇ってーか、読み合わせ? で披露すんのー」


「ああ……台本読み合うみたいな」


 俺がヨリコちゃんとやってた寝取られ演技みたいなもんか。


「これが毎年怖えー怖えーって評判でさー? つーわけで今年もよろしくなー!」


 あの異様な文集を思い返せば、クオリティの高さもうかがえる。

 しかし、あんなもの書ける気がしない。


「まず都市伝説書くだけでもハードル高いし、そもそも俺はスランプだし……魚沼部長にお願いしていいかな?」


「いや……僕は読む専門だから」


 まじかよ!

 あんだけ創作についてリビドーだなんだと語ってたのに!?


「てかスランプってなによー? 言ってみー?」


 行儀悪くマオが足蹴にする机が、ぐいぐいと腹に押し込まれる。

 例によってぎりぎりパンツが見えない。

 くそっ!


 俺は洗いざらいしゃべった。

 ヨリコちゃんと今後ふたりで遊べなくなったこと。

 そのせいで寝取られシナリオを書く意欲が低下していること。




 マオは大爆笑した。

 魚沼くんは怪訝な目で俺を見てくる。


「弓削くん。君ってやつは……部室でそんなもの書いてたのかい?」


 ごめんなさいほんとごめんなさい。

 シナリオについて相談したのは全部いい寝取られ書くためでした。


「ひぃ……おなかくるし……。あー……笑った。そーいうことならわたしにまかせろ。おまえら今度の土日空けといてー?」


「土日? なにすんの?」


「なぁに。ふたりきりじゃなきゃいいんだろー? いー場所があんの、怪談ツアーでもやろーぜ」


 マオは腕を組んで不敵に笑い、俺の腹にめり込んでいる机を足でぐりぐりさらにダメ押しした。


 水色だった。

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