第44話 深緑に導かれし6名

 土曜日。

 マオが指定してきたバス停まで向かうと、すでにみんな集まっている。


「おっせーよソウスケー! なんでいっつも社長出勤なんだよー!」


「んがっ!?」


 いきなりマオからヘッドロックされた。


 相変わらず大きく肩の出た服だけど、ニットだし長袖だし秋の装いにふさわしい格好だ。


 それはともかく首が苦しい。

 でも簡単にタップはしたくないやわらかさ。


「……てんめーもしや、また脳内でひと様のファッションチェックしてやがんなー?」


 半分正解。

 脳内のもう半分を知られれば、このまま絞め落とされるかもしれない。


 いや、マオならばおっぱいくらいで……。


 ――ハッ!?

 と顔をあげると、ヨリコちゃんがものすごく冷めた瞳で俺を見ていた。


「元気そだね? ソウスケくん」


“あたしに会えなかったにしては”と暗にその表情が物語っている。


 短パンにハイカットスニーカー、マルチカラーのチェックシャツというストリートめのスタイルがカッコかわいい。

 ヨリコちゃんってちょっとボーイッシュな格好好きだよな。


 て、現実逃避してる場合じゃない。

 マオの腕を急いでタップする。


「……青柳のやつ、あれ妬いてんじゃねー?」


 ヘッドロックを外しながら、俺の耳もとでマオがそんなことを囁いた。


 妬いてる?

 たしかに不機嫌には見えるけど、うーん。


 するとヨリコちゃんの背後から、子供がとてとて歩み出てくる。

 まっすぐ俺のもとへ顔面から突っ込んできて、胸でボフンと受け止める形になる。


「ねむいー……おんぶ……」


 子供じゃなくて、アサネちゃんだった。

 どう贔屓目にみてもせいぜい中学生にしか思えない先輩だが、萌え袖パーカーが幼さを加速している。


 ていうか……こんなキャラだったっけな?

 祭りのときはもっとこう、のじゃロリ風味というか強者感あったはずなんだが。


「よかったね? かわいい子が抱きついてきて」


 ヨリコちゃんの視線が痛い。

 妬いてる……のか?

 だとしたら嬉しくもあるけど、早々に判断して自惚れるのは危険だ。


「日辻は急遽参加したいって言ってきてさー、断るのもアレだし、まー多いほうが楽しいかなーって」


 マオから経緯を聞いて納得する。

 急遽、ね。

 アサネちゃんの後ろに、守護者的な影が見える気がした。


 参加者は他に、やたら顔面蒼白な魚沼くんと――。


「し……獅子原先輩……」


「んー? どしたウオっちー」


「これはいったい……なぜ彼女が……?」


「えー? だって付き合ってんでしょふたり。気ぃきかせて声かけといてやったんだよー」


 魚沼くんにぴったり寄り添うようにして、水無月さんが穏やかに微笑んでいた。


 膝下までのワンピースにカーディガンを羽織り、清楚感マシマシしつつも、ショートブーツでカジュアルな印象も併せ持たせてる。


 ふぅ、本日のファッションチェックはこんなところか。


 魚沼くんの服? どうでもいいや。

 しいていえば、今日はメガネかけてんなって思ったくらい。

 いつもはコンタクトなんだろうか?


 いやまじでどうでもいいな。

 とりあえず裸ではない。


 以上6名のまぁまぁな大所帯で、到着したバスに乗り込む。

 ヨリコちゃんのとなりを狙うも、さっそくアサネちゃんに場所を奪われた。


 ヨリコちゃんの肩にもたれかかって眠るアサネちゃんを、歯噛みしながら見つめる。

 そこ代わってくれるなら1000円出すぞと念を送ってみたが、アサネちゃんが起きる気配はなかった。


「しかたないな、魚沼くんで我慢するか」


「……弓削くんはナチュラルに失礼だね。まあ、僕は弓削くんを歓迎するけど」


 ふと視線を感じて斜め後ろを振り向くと、水無月さんがぎりぎり音が聞こえてきそうなほど歯を食いしばって俺を睨みつけている。


 ……怖っわ。

 俺もあんな顔してたのかな。

 気をつけよう。


 乗客もけっこういて、海に行ったときの電車内みたいに遊べはしなかったけど、みんな思い思いの時間を静かに過ごしていた。


 やがて乗客もひとり減り、ふたり減り。

 ついには俺たち6人だけになっても、まだバスは山道を走り続ける。


 小1時間が経過し、いやこれどこまで行くんだよと不安になってきたころ、ようやくマオが降車ボタンを押した。




 プシューと停車したバスの折り戸が開き、順にぞろぞろと降りる。


 寂れたバス停には、田舎でよくみる雨よけのついた長椅子が備えつけられていた。


 というか田舎そのものだ。

 付近には民家も見当たらない。

 山と樹木しか目視できるものがない。


「……なあマオ、ここどこよ? 樹海?」


「あたし、雰囲気がもう怖いんだけど……」


「まーまー、黙ってわたしについてきなってー」


 意気揚々と先頭を歩きはじめるマオ。

 後方からとてとて足音がしたかと思えば、背中にどんっと小さな衝撃を受ける。


「おんぶー……おんぶー……」


 またかよ、何しに来たんだこいつは。

 歩く気力もないようなので、しかたなくアサネちゃんをおぶってやった。

 めっちゃ軽いから負担にはならんけど。


「ふぅん……いいね? ちっちゃくてかわいい女の子おんぶできて」


「……ヨリコちゃん、もしかして嫉妬してる?」


「は? きっしょ」


「…………」


 ともかく俺たちは、マオに先導されて深い森の中へと足を踏み入れていった。

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