第78話 矢文と決断
風呂も夕食も終えたあと、掘りごたつに足を投げ出して文集を読み進める。
「それ、マオの……だっけ? あたしマオのやつ苦手だからなぁ、去年の文化祭も聞いてないし」
「前にマオの怖い話嫌いだって言ってたもんねヨリコちゃん。てか今年の文化祭だって俺の怖い話聞かなかったじゃん」
「ぅぐ。そ、それはあやまったでしょ? 動画撮ってた子にあとで見せてもらったよ? ……チラッとだけど」
掘りごたつの中、ヨリコちゃんがつま先でコツコツ俺の膝を蹴っている。
しかし今は文集に集中しなければ。
「…………」
ヨリコちゃんの蹴りがおさまったかと思えば、今度は足裏でスネの辺りをすりすり擦ってくる。
――……なるほど。
なるほど。
かいつまんで文集の中身を説明するならば、むかし四半的という弓技が得意な少女がいた。
少女は藩主の屋敷の酒宴に呼ばれ、四半的を披露することになる。
弓の腕前だけでなく、外見も美しい少女に宴は異様な熱気を帯び始め――。
藩主が席を外した頃合に、泥酔した藩士の男が、刀を持ち出してこんな提案をした。
“一射的を外すたび、その身体の一部をよこせ”と。
たちの悪い冗談のつもりだったのかもしれない。
けれど緊張から的を外してしまい、震える少女に妙な興奮を覚えた男は、少女の足を斬り落とした。
四半的は、正座して身体を横向きに弓を射る弓技である。
痛みと出血により意識もままならず、当然ながら少女は次々と矢を外す。
四肢のすべてを失った少女はさらに慰みものとなり、命を落とした。
藩主は怒り、男を処刑したが、少女の死の事実は隠した。
陰惨な真実は闇に葬られ、事の経緯を知る者も決して口を割ることはなかった。
かわいそうだが仕方ない、と。
誰もが終わった事だと認識していた。
やがて、藩では奇妙な事件や事故が絶えなくなる。
誤って刃物で腕や足を切り落としてしまう者。
ふいに倒れてきた資材の下敷きとなり足を潰してしまう者。
または被害者の四肢を切断して殺害するなどという猟奇的な事件も急増した。
少女の件を知る者が“呪い”だと訴えるも、藩主は聞き入れなかった。
その後も藩では四肢を喪失する者が続出し、ようやく少女を慰霊するための社が建てられる。
けれど事件事故共に消えることなく、いつしか藩は“四肢断ち”の呪いが蔓延る地と呼ばれるに至った。
長い時を経て呪いは薄まってきてはいるものの、現在でも四肢断ちは確実にこの地へ根付いているのだ――。
「……ねぇ? ……ねぇーってば」
胸糞悪い話だ。
そして怖い。
四肢断ちって字面がもう気味悪い。
なんでマオはこんな話書いたんだ。
本当に創作なのか?
「ソウスケくんってば! ひとりで納得してないで、読んで聞かせてよ」
こたつの中で足をカニ挟みされ、上下にぶんぶんと揺さ振られる。
おっと、ヨリコちゃんを放置するのは厳禁だ。
「でも……苦手なんだろ? かなり後味悪い話だけど」
「そういうのは共有しとかなきゃ。あたしも知っときたいし、ちゃんと聞かせて?」
ヨリコちゃんがそう言うなら、教えないわけにはいかない。
さっき頭でまとめた話を余すことなく語った。
「――ふぅん。……それって、その四肢断ちに呪われてるのがこの辺ってこと?」
「いや、そもそもが作り話の可能性が高いんじゃない? だってマオだし。都市伝説創作部だし」
「それにしちゃやけにリアルっていうか……昼間におじさんも言ってたじゃん、四半的がどうこうって」
そうなんだよな。
それは俺も引っかかってる。
四半的は実在する弓術だ。
でもだからといって惨死した少女や、四肢断ちの呪いまで実際にあったとは限らない。
たとえあったとして、それが俺自身の記憶にどう関わるのかもピンとこないし。
「まあ確認……してみるか」
文集の通り現在にも四肢断ちの呪いが残っているのなら、それこそ昼間のおじさんにでも聞いてみればなんらかの反応してくれるだろ。
「なんかさ、あたしら探偵みたいじゃね?」
「被害者が出てから解決するタイプの探偵じゃなきゃいいけど」
「こ、怖いこと言わないでよ……」
ヨリコちゃんの素足が、こたつの中で俺の足を挟んだままキュッと締めつける。
俺の彼女、さっきからエロくね?
おもむろに掘りごたつへ腕を潜らせ、ヨリコちゃんのふくらはぎを掴んだ。
もう片方の手で、足の裏に指を這わせて思いきりくすぐってやる。
「あ!? あはっあははっ!? ちょっマジやめてっ! やっ!? あはははっ!」
転がりながら暴れるヨリコちゃんの足を押さえつけて、合法的なセクハラを楽しんでいると――。
どんっ! と玄関から物々しい音が響いて、俺達はぴたりと動きを止めた。
「え……だれか来たのかな?」
ノックにしては音が重く感じた。
掘りごたつから出て、忍び足で玄関へ向かう。
うしろから静かにヨリコちゃんもついてくる。
内鍵を解除してそっと外をうかがうも、夜闇の中にはだれも見当たらなかった。
「ソウスケくん……あ、あれ……」
シャツを引っぱられ、ヨリコちゃんが指し示す方へ目を向ける。
引き戸のすぐ横――木製の壁に1本の矢が突き立っていた。
矢尻に、紙のようなものが括りつけられている。
矢……四半的。
俺は生唾を飲み込んで、深く食い込んでいた矢をなんとか引き抜いた。
括ってあった紙にはただひと言“深入りすれば後悔するぞ”と、それだけが記されている。
「なにこれ、マジでヤバくない?」
やばいし、こんな脅しは犯罪行為だろ。
「……警察に電話しよう」
すぐにスマホを取り出すと、でもヨリコちゃんが不安そうに呟く。
「待って、この家にいること追求されたらなんて答えるの?」
「おじさんも弓削の家で間違いないみたいなこと言ってたし、大丈夫だよ」
「楝蛇ってひとの名前も出してたよ? もしかすると今、この家の権利持ってるのそのひとかもしれない。連絡されたら言い訳できなくない?」
「だからって、ヨリコちゃんを危険な目に合わすわけには――」
「た、たぶん警告だよ。踏み込まなければ危害くわえるつもりないんだと思う。だからもうちょっと考えよ? それにあたし、親バレしちゃったら、ソウスケくんと会わせてもらえなくなるかもしれない。そんなのやだよ。だから……ね? ね?」
そういえばヨリコちゃんは、マオの家に泊まってることになってるんだったか。
昼にも考えたことだけど、受験を控えた身でもある。
もし不法侵入で学校に連絡なんて事態になったら最悪だ。
文面はたしかに警告。
でも……。
「じゃあもう、明日にはここを離れよう。俺の不確かな記憶なんかより、身の安全が第一優先だ。それでいい?」
「……旅行も終わりってこと? ソウスケくんは、それでいいの? また変な幻覚見ちゃったりとか、あたし心配で……」
「ここにいたって治る保証なんかないし、必要なら今度はちゃんと計画立ててまた来ればいいよ」
「うん……わかった」
なんとか納得してくれたヨリコちゃんの手を引いて居間に戻る。
暖房器具の電源を落として、早めに寝ることにした。
寝室に敷いた二組の布団はぴったりくっつけて、手をつないだまま俺とヨリコちゃんは眠りにつく。
――玄関の引き戸を激しく叩く音で目が覚めたのは、深夜0時を回った頃のことだった。
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