第77話 ヤマカガシ

 やたらと重量のある掛け布団を剥いで、体を起こす。

 綿の布団って重いんだけどすっげえ暖まるし、羽毛よりなんというか安心感あるんだよな。

 良質な睡眠がとれた気がする。


 寒さに肩をこすりつつ隣を見ると、30センチほど離して敷いてある布団はもぬけの殻だった。

 ヨリコちゃんの姿を探そうと立ち上がると、自分の枕もとに綺麗に包装された紙袋が置かれてることに気づく。


 紙袋を手に取って廊下へ出れば、居間の方から吹き込む冷気を感じた。


「……ヨリコちゃん?」


 居間の引き戸を開ける。

 縁側につながるガラス戸と障子が開け放たれていて、昇ったばかりの朝日をヨリコちゃんが眺めていた。


 上下ともに寝間着のスウェット姿で、大きめのブランケットに肩から包まって、こっちを振り返って微笑むと白い息を吐き出す。


「おはよ。これ、めっちゃあったかいよ? ありがとう!」


 ヨリコちゃんが纏うブランケットは、クリスマスプレゼントにと俺が枕もとに置いといたやつだ。

 受験勉強するときに使ってもらおうと選んだ。


「なにも窓開けてわざわざ寒い思いしなくても」


「えへへぇ。ソウスケくんもそれ開けてみて?」


 うながされ、ラッピングを丁寧に解いて紙袋を開ける。

 中身はふかふかのマフラー。

 よく知られたブランドのものだ。


 ヨリコちゃんと並んで縁側に座り、マフラーを首に巻いた。


「似合うじゃん」


「ありがとう。すげえあったかいよ、ヨリコちゃんの愛情」


「ふぅん? 感じますか、愛情を」


「うん、でっかいやつ」


 長めなマフラーの端を伸ばして誘うと、体を寄せてくるヨリコちゃんは小動物みたいだ。

 迎え入れるように、ヨリコちゃんの首にもマフラーを巻いてやった。


 さりげなく格好つけてみたものの、サラサラの黒髪に触れるだけで胸がドキドキした。


 ヨリコちゃんもブランケットを広げてくれて、ふたりしてウールの温もりを共有する。

 呼吸するだけで肺まで冷たくなる空気が心地よく感じる。

 幸せ過ぎてまじで寒さなんか気にならなかった。




 朝食として昨夜の残りのサラダや惣菜をおいしく片づけた。


 その後、家の中を歩き回ってみるも記憶に触れるようなこともない。

 風呂も調理機器もオール電化だし、古いのは外観だけで中身は立派に現代的な家だ。


 当面の問題は、ここが本当に俺の実家なのだろうかということ。

 これだけは早急に解決しておかないと、法に抵触してヨリコちゃんの将来が潰れたりしたら目も当てられない。


「ちょっと俺、その辺でひと探して話を聞いてみるよ」


「あ、だったらあたしも行く」


 裏が取れないことにはどうにも落ち着かない。

 思いはヨリコちゃんも同様らしく、着替えたのちに家を出た。


 晴天に恵まれてはいるが、周囲の山やアスファルトに人影はない。

 ぽつぽつと点在する民家の前や田畑も閑散としている。


「……だれもいないね?」


「農閑期だからかな。ビニールハウスとかあれば作業してるひとがいるかもしれないけど」


 思いきって、どこか適当な家を訪ねてみようか。

 そんなことを考えて30分ほどぶらついていたところ、庭でスキー用具の手入れをするガタイのいいおじさんを見かけた。


「あの、すみません! ちょっと聞きたいんですけど!」


 塀越しに声をかけると、おじさんはわざわざ表まで出てきてくれる。


「なんだい? あー……見ない顔だな、どこか探してるの?」


「いえ、あ、はい。えっと……この先にある家なんですけど」


 今しがた歩いてきた道を指差し、あの家までの道程を詳細に説明する。


「……ああ、あんた楝蛇かがしさんの知り合い?」


「カガシ? そこ、弓削ってひとの家じゃ……」


「弓削? たしかに弓削さんの家っちゃあそうなんだけど」


 おじさんが怪訝に眉をひそめる。

 日焼け跡の残る彫りの深い顔が、ぐぐぐと寄ってきて思わず身を引いた。


「あんた……もしかして蒼介くん?」


「え? 俺のこと知ってんですか?」


「じゃあ、本当に蒼介くんか!? 知ってるもなにも! ははは! そうかそうか、楝蛇さんとは和解したんだな。いつ帰ってきたんだい?」


 屈強な体躯から繰り出される平手を背中にバシバシもらい、咳き込む。

 どうやら俺の家で間違いはないらしいけど、新たな謎も増えてしまった。


 楝蛇という名前に聞き覚えはない。

 たずねてみようか、でも聞けば俺の記憶がおかしいことを勘づかれるかもしれない。


「ええ――ってことは、そっちのべっぴんさんが海未うみちゃんかい!? はー大きくなったなぁ! 四半的しはんまとはまだやってんの?」


「や、その、あたしは違くて」


 次々に新しいワードを投げつけてくるおじさん。


 ヨリコちゃんも困ってるようだし、ちゃんと説明したって受け入れてもらえるかはわからない。

 それにひとまず頭の中を整理したかった。


 まだ語り足りない様子のおじさんに礼を言って、その場をあとにする。


「大丈夫? ヨリコちゃん」


「う、うん。あたしはぜんぜん。それよりよかったね、あそこソウスケくんの家であってるみたい。……楝蛇、てひとには心当たりないの?」


「まったくないな」


 さっきのおじさんは“和解”だとか言ってたっけ。

 でもそれよりも引っかかることがあって、四半的しはんまと……この単語は聞き覚えがある。


 どこだ?

 どこで聞いた言葉だったろうか。


 実家に戻ってきて、居間に寝転んで考えてみるもやっぱりわからない。

 気分転換に持ってきた旅行バッグの中身を整理していたら、1冊の小冊子を見つけた。


 文集? こんなの入れた覚えないけどな、とページをパラパラめくる。


「いや……これって、マオの……?」


 中身の序盤は読んだことがある。

 都市伝説創作部の部室に置いてある、マオの文集に間違いなかった。


「四半的……」


 そうだ、俺はこの文集で四半的という単語を見たのだ。

 四肢断ちとかいう呪いについて書かれた文集で、その中に弓技を競う遊戯としての記載がある。


 ただ、なぜこの文集が俺の元に?

 そもそもマオはなんで四半的なんか知ってるんだ?


 何か手がかりがあるかもしれない。

 そう思って文集を読み進めようとしたら、台所からヨリコちゃんの悲鳴が届いた。


「ヨリコちゃん!?」


 走って駆けつけると、ヨリコちゃんは俺の袖を引きながら台所の小窓を指差す。

 少し開かれた窓から、赤黒い斑紋の蛇がこちらをじっと覗き込んでいる。


 ヨリコちゃんに見えてるってことは、これは幻覚じゃないんだろう。


山楝蛇やまかがしだ。猛毒だから気をつけて」


「シャーッて、飛んでこない?」


 基本的にこっちから何かしなければ、襲ってきたりはしない。

 小窓の蛇もしばらくすると、興味が失せたようにどこかへ行ってしまった。


 でも……こんな真冬に蛇がうろついてるのはめずらしいな。

 ヨリコちゃんが怖がるので、昼食の準備が終わるまで台所で手伝いをした。


 楝蛇。四半的。四肢断ち。

 作業をしつつも、それらの単語が頭を離れることはなかった。

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