第76話 寝取り報告は欲しくない
エアコンも備えつけてあったんだけど、ヨリコちゃんが体験したいと言うので石油ストーブを点火した。
燃料の灯油は、ご丁寧に満タンのポリタンクが収納ボックスに入れられていた。
やはりだれかが最近でも出入りしてるんじゃないだろうか。
あまりにも準備がよすぎる。
しかしそれはそれとして――。
「わはぁあったけぇぇ……ね、ね、これストーブの上で餅とか焼けるんでしょ!? あ〜買っとけばよかった失敗したなぁ〜〜」
ヨリコちゃんのテンションが爆アガりである。
辛気臭くなるよりずっといい。
こうして無事、家にはたどり着けたわけだし、ひとまずクリスマスを楽しみたいと思う。
「また町におりたとき買おう。スルメなんかも焼けちゃうからな」
「いいね! 七味マヨつけて噛み噛みしたい!」
酒飲みかよ。
ともかく、ヨリコちゃんが腕によりをかけたという本当に豪勢な惣菜やサラダが、ところ狭しとテーブルに並んだ。
パーティー感も一気に増して楽しくなる。
ジュースで乾杯し、さっそくからあげに箸を伸ばした。
「サクジュワうっま! ヨリコちゃんはまじでいいお嫁さんになるって!」
「ほほぅ……それはどういう意味かね?」
「え、どういう意味って、そのままっていうか」
紙コップに口をつけたまま、ヨリコちゃんは窓の外なんかに目を向けている。
耳が少し赤いような……。
「さ、サラダもうまいし、ミートローフ? これも凝ってておいしいよ」
「ふん、ふん。もっと言って?」
「え!? っと、け、ケーキも甘くておいしい」
「それ買ったやつじゃん」
「そうだけど……ヨリコちゃんといっしょだから、なんでもうまいんだよ」
「……ふぅん」
ヨリコちゃんはそっぽを向いて目を合わせてくれない。
思えば、俺たちもようやく緊張がほぐれてきたんだろうと考える。
俺の記憶が曖昧なせいで、ほとんど見知らぬ場所まではるばる来て。
見覚えのない極寒の家でふたりきり。
こんな状況そうそうない。
さぞ心細かったろう。
電気も水も使えることがわかって、ストーブで温まった部屋に腰を落ち着けて、やっとホッとしたところなのだ。
そうだ、ふたりきりなんだよ。
おそらく俺もヨリコちゃんも緊張から解き放たれたことによって、その事実を強く意識してしまった。
いちど意識してしまえば、心臓がバクバクと脈打ちはじめる。
付き合いたての彼女が――手が届くはずのなかったヨリコちゃんがそこにいて、すぐ触れられる距離で恥ずかしそうにそっぽを向いている。
萌え袖チックなセーターと、ストッキング履いたフレアなショートパンツ姿で足を折り曲げ、女の子座りするヨリコちゃん。
眺めていると無性に喉が渇いて、ジュースをあおり飲むと箸を置いた。
「ん、もう食べないの?」
「ちょっと休憩。時間はいくらでもあるし」
俺は畳に両手をついて、四つん這いでヨリコちゃんに寄っていく。
ちょっと警戒してか、ヨリコちゃんが流し目をよこす。
「ね、なんでこっち来んの?」
「いや、その……ひざまくら」
「は?」
「ひ、ひざまくら、してくんないかな〜って」
恥ずかしい要望を口にしながら、すでに体は倒してヨリコちゃんの太ももへ頭を乗せようと位置を調整する。
「ど、どうしちゃったんでしゅかソウスケくん? 急に子供に戻っちゃったんでしゅかぁ? ん〜?」
ひさびさの幼児言葉煽り、この状況で聞くと思いのほかダメージを受けて顔が熱くなる。
ヨリコちゃんの必殺技のひとつなのだから、それも当然だ。
だけど今回は自傷ダメージが入ってるみたいで、ヨリコちゃんは後ろ手をつくとあからさまに顔をそむけた。
頭を乗せやすいよう、太ももを差し出してくれたようにも見えて、遠慮なく後頭部を沈める。
ああ……最高だ。
最高にやわらかいし、なんていうかその、ヨリコちゃんの匂いがする。
頭をすりすり動かして至福の弾力を満喫していると、冷めた半目でヨリコちゃんが俺を見下ろしていた。
でも頬がちょっと赤いのを見逃さない。
完全に呆れられていないのなら、とさらなる望みを訴える。
「ヨリコちゃんさぁ……」
「なに?」
「ちゅう、してくれ」
「きっしょ。甘えすぎじゃね?」
たしかにキモいけど!!
付き合うってそういうもんじゃねえの!?
ちがったらすみません嫌いにはならないでくれ!
ひとの心をえぐっておきながら、ヨリコちゃんは顔を落としてきて、吐息と共に唇をひらく。
3度目のキスは、俺の唇をはむっとくわえるように、ヨリコちゃんのソレがかぶさった。
情感たっぷりの長いキスは、呼吸できなかったこともあって意識を奪われそうになる。
軽くリップ音が鳴ったあと、だけど真上に離れていく温もりが惜しくて、必死に追いかけた。
頭を持ち上げながらついばむ。
「ちょ、む、こらこら――ん、終わりだって」
気づけば膝立ちになっていて、とっくにヨリコちゃんの座高を追い越し、俺は有利な体勢で逃げる唇を追っかけつつ細い腰を引き倒した。
「ちょお!? ソウスケくん!?」
「ヨリコちゃん! はあはあ!」
「電話ッ! 電話鳴ってる!」
たしかにさっきから棚の上の黒電話がジリリリ鳴っている。
「いいよそんなもん! どうせ俺の家じゃない!」
「めっちゃくつろいどいてそれはダメでしょ!? ああも暴走すんなって! ほらどいて!!」
全力で覆いかぶさろうと試みるも、最後は足の裏でほっぺたを突き離された。
じんじん痛む頬を押さえる俺をよそに、立ち上がったヨリコちゃんは乱れた髪や衣服を伸ばし直している。
そんな姿がこう、やけに扇情的だった。
「も、もしもし? こちら、えと、弓削……ですけど」
電話に出たヨリコちゃんは、しばらく無言でいたのだが。
「……は? 大事なひと……?」
受話器を耳に、ヨリコちゃんが俺の方をじっと見る。
やがて、首を振って受話器を差し出してきた。
棚の前に移動し、ヨリコちゃんと代わる。
ここはあえて無言で、相手の出方をうかがうことにする。
『――だから聞いてます? あなたの大事なひと、いまワタシのとなりで寝てるんです。さっきまでそれはもう激しく求められて――』
電話口は女の子の声だった。
そして戦慄した。
まさかヨリコちゃんやマオ以外に、こんな馬鹿な電話する輩がいるなんて。
これはまごうことなき寝取られ――いや寝取り電話か?
まあそんなことはどうでもいい。
「あの……だれ?」
『――――っ』
息を呑むような空気のあと、唐突に電話は切られた。
受話器を置いて、ヨリコちゃんに首を振る。
「……なんか、あたしの大事なひとと寝てる、とか言ってなかった?」
「ああ、うん。言ってた」
「……ソウスケくん浮気してる?」
「なんでだよ!? てかどうやって!? 物理的に不可能だろ!」
まじで今のはだれなんだ。
ここが俺の実家だと仮定して……実家じゃなかったら不法侵入なんだけど。
だれ宛に電話してきたんだ?
本当にヨリコちゃん宛てに電話してきたのなら、今日ここにいることを知ってる人物になる。
しかし、何よりいちばん許せないのが――。
「はぁ……ほらせっかくの料理冷めちゃうよ? 食べよ食べよ!」
タイミングだよタイミング!
もうぜったいそんな雰囲気には戻りそうにないヨリコちゃんを見て、俺は深く息を吐いた。
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