第74話 近づくほどに

 事前にネットで購入したという切符を受け取り、ヨリコちゃんに代金を渡す。


「さすがにグリーン車は高かったからあれだけどさ、となり同士の指定席だから。――あ、ソウスケくん駅弁だって! 買お買お!」


 目を輝かせて駅弁売り場に直行するヨリコちゃん。

 まだ早朝といっていい時間なのに、テンションが非常に高い。


「あたし、じつは新幹線ってはじめて乗んだよね!」


 なるほど、だからはしゃいでるのか。

 ヨリコちゃんが楽しそうにしてるとこ見るのは、俺も好きだけど。


 それぞれ違う種類の駅弁とお茶を手に、余裕をもって座席についた。


「けっこう空いてるね。つか、あたし窓際でよかった?」


「俺は通路側で大丈夫だよ。もう少し年末が近づくと混むんだろうけど、ほんと空いてるな」


 まばらに座る乗客を見渡して、そのあとヨリコちゃん越しに窓から駅構内を眺める。


 ほんとにこれから向かうんだな……実家へ。

 記憶が曖昧なのは認める。

 たしかにあそこへ行けばその原因もなにかわかるかもしれない。


 でも……。


「不安……?」


 気づかうようなヨリコちゃんの問いかけに、顔をあげて首を振った。

 俺がこんなんじゃ、ヨリコちゃんまで不安にさせちゃうだろ。


「ヨリコちゃんと旅行とか最高に決まってる。……てか、親にはなんて言ったの?」


「ん……えっとね、マオん家にしばらく泊めてもらうからって。だからマオも旅行のことは知ってる」


「それ、大丈夫?」


「悪い子だよ、あたし。勉強もしないで彼氏と旅行しちゃうんだからさぁ」


 俺のため、なんだよな。

 嬉しく思うと同時に、やっぱり申し訳なさも込み上がってくる。

 大事な時期のはずなのに、どことも知らない田舎までついてきてくれるなんてな。


「……ふぅ~てかけっこう車内あったかいね。お弁当食べちゃわない? 朝ごはんまだだったし」


 ヨリコちゃんにならってコートを脱ぎ、まとめて荷物棚に置く。


 俺に返せることなんか多くない。

 当初の予定通り、冬休みを満喫するために――。

 ヨリコちゃんにめいっぱい楽しんでもらえるよう努めるだけだ。


「俺も腹ペコでさ、せっかく違う弁当買ったんだし食べ比べでもしようか」


「いいね! 梅干しあげるから照り焼きちょーだい?」


「レートが釣り合わねえよ!」


 車窓の景色が動きはじめる。

 未知への不安と、ふたりきりの旅への期待がないまぜになった俺とヨリコちゃんは、どちらからともなく手をつないだ。



◇◇◇



 車内は快適だった。

 うしろに乗客がいないおかげでリクライニングを少し倒し、ゆったりした時間を過ごせる。


「山がめっちゃ近い。落ちつくわぁ……」


「そういうもん? 俺は横にヨリコちゃんいる方が落ちつくけど」


「ご機嫌取りおーつ」


 そう言いつつヨリコちゃんは、繋ぎっぱなしの手に指を絡めてくる。


 多幸感ってこういうこと言うんだろうな。

 あこがれの恋人繋ぎってやつを堪能しながら、かつて叶わなかったヨリコちゃんの手を温める。


「ヨリコちゃんって、手冷たいね」


「あれじゃん。心があったかいってやつ?」


 窓から視線を外して、こっちを振り向いてクスクス笑うヨリコちゃん。

 俺をうかがうような上目遣いで。

 それがたまらなくかわいかったから。


 思わず身を乗り出して、繋いだ手を引き寄せる。


「え……?」


 わずかに開いたヨリコちゃんの唇に、俺は吸い寄せられるように口づけをした。

 無意識だった。

 全身が熱を持ちはじめたときには、ヨリコちゃんの顔も真っ赤になっていた。


「っ……!? ちょ――マジ――なにやって――!?」


 小声で囁やくような非難を浴びながら、肩をポカポカと殴られる。


「ご、ごめん! つい」


「ついじゃないでしょ!? 告白だって唐突だし、ソウスケくんはいっつもそう! もっといろいろ考えて!」


 もはやなんの言い逃れもできない。

 しかもほんとに無意識だったから、せっかくのファーストキスだというのに感触すらもあまり覚えてない。


「も……もっかいしていい?」


「ばっかじゃないの!?」


 ヨリコちゃんはぷいと車窓へ顔をそむけた。

 どうしていいかわからず、座席にあずけた背をずるずる滑らせてうなだれる。


「…………ん」


 顔は窓に向けたままだけど、ヨリコちゃんはまた手を差し出してくれて。

 俺はホッと胸を撫で下ろして、なによりも愛しいその手を握りしめる。


 2、3回皮膚に爪を立てられたけど、それくらいの痛みは甘んじて受け入れた。




 新幹線での数時間の移動を終え、今度はバス停に待機する。


「ソウスケくんの実家って、どんなとこ?」


「田舎……ってことくらいしか。ごめん」


 よく覚えていないのだ。

 頭の中は霞がかったみたいに白くて、具体的な映像が浮かんでこない。

 実家が近づくほどに、兆候も顕著にあらわれるようになってきてる気がする。


 だけど足は自然と動いている。

 体はあの場所を正確に覚えていて、着実に近づいてる実感があった。


 やがてバスが到着し、乗降口の扉が開く。

 車内の床一面に、びっしりと蛇がうごめいていた。


 幻覚だ――。

 そう思っていても、足がすくんで動かない。

 冷たい汗が吹き出てくる。


「……大丈夫だよ。あたしがぜったい、そばにいるからね」


 俺の手を力強く握る、ヨリコちゃんの横顔だけを見つめてバスに乗り込んだ。

 大量の蛇は、いつの間にか消えていた。


 車内はガラガラで、最後尾の座席にヨリコちゃんと並んで座る。


「少し眠ろ? ソウスケくん」


「うん……」


 プシューと乗降口の扉をが閉まり、バスが発車した。


 山道を蛇行して進むバスに揺られながら、俺とヨリコちゃんはお互いに寄り添って目をつむった。

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