第73話 ヨリコちゃんの朝は早い

 学期末試験も終わり、いよいよ冬休みも目前と迫る。

 なんか俺、長期休みばっか気にしてる感じだけど今年はしょうがないよな。


 なにせ彼女がいるうえ、クリスマスがくるんだぜ?

 正月の晴れ着デートなんか憧れだし、多少浮かれるのも当然というもの。


 そんなわけで鼻歌を奏でながら学食へ向かっていたところ、ばったりケンジくんと遭遇した。

 券売機の前で互いに硬直し、浮かれ気分も一気に萎えていく。


 にぎやかな学食の雑談も急速に遠くなって、居心地の悪さだけが残る。


「……よう」


 久しぶりに会うケンジくんは目の隈も濃く、ひどくやつれて見えた。


「……お久しぶりです。……あの、大丈夫ですか?」


「はっ。おまえに心配される謂れはねぇよ」


 それはそうだ。

 おそらく俺とヨリコちゃんのことはもう耳に入ってるはずだ。

 でもけじめとして直接、やっぱりこの人には報告しなければならないと思う。


「近いうちに時間もらえませんか? 話したいことがあるんです」


「……時間なんかねぇ。聞きたくもない話だってのは想像できるが、それとは別件でオレも忙しい」


「あ……受験、もうすぐですもんね。すみません」


「チ。受験なんか……どうでもよくなっちまった。双葉の妹の……幼馴染のことでちょっとな」


 舌打ちなんてする、やさぐれたケンジくんを見るのは初めてだった。

 あたりまえだよな。

 逆の立場になったら、口も聞きたくないと思う。


 てか受験とかヨリコちゃんの悩みじゃないのか?

 双葉さんの妹さん……て、たしか文化祭のとき会ったあの人だよな。


「文化祭のとき校門で会いましたよ、双葉さんの妹さん。双子かってくらいそっくりですよね」


「あ? ぜんぜん似・・・・・てねぇだろ・・・・・。それにおまえには関係ない話だ、忘れろ」


「す、すみません」


 眼力の圧がすごい。

 さっさと食券買ってしまいたいけど、ケンジくんは券売機の前からまだ動かない。

 もうカレーにしろよカレーに。


 しかも双葉さん姉妹の顔が似てないってどういうことだ。

 俺に同意したくなかっただけか?

 瓜ふたつって言葉がぴったりなくらい似てたはず。


 校門前でたたずむ妹さんの顔を思い出そうとしたら、脳内映像がノイズみたいに乱れてしまう。


「…………っ」


 頭を押さえて立ち尽くす俺に、ケンジくんの低い声が届く。


「……人の心配なんかしてるけどよ、蒼介。おまえの方こそ死にそうな顔してるぜ」


 ……大丈夫。

 俺は、ぜんぜん大丈夫。

 たまに記憶が飛んだりするし、この前もいつの間にかヨリコちゃんが家にいて、また膝枕されてたりしたけど……ふつうふつう。


 俺はヨリコちゃんと楽しくクリスマス過ごして、初詣で永遠の愛を誓って、夏休み以上に距離縮めて親しくなるんだ。



◇◇◇



 街にはイルミネーションが輝き、今やすっかり薄暗くなった下校時のテンションをあげてくれる。


 明日、12月24日からついに冬休みへ突入する。

 ヨリコちゃんも空けてくれてるみたいだし、プレゼントも用意した。


 こんなに楽しみなクリスマスは生まれてはじめてだ。

 キリストの爆誕を神道の徒として心から祝いたい。


 首に巻いたストールを持ち上げ、口もとを隠す。

 どうにもニヤけてしまって、通行人に不審がられないための対策だった。




 そして12月24日、クリスマスイブ。

 インターホンに叩き起こされた俺は、スマホで時間を確認して目を疑う。


 AM4時15分。


 いやいやいや……だれだよまじで。

 寒さに身震いしてる間にも、継続してピンポンピンポンとインターホンは鳴り続ける。


 無視しても一向に帰る気配がないので、とりあえずバット片手に玄関へ向かう。

 そっとドアスコープを覗き――慌ててドアを開ける。


「よ、ヨリコちゃん!?」


「お、おお、お、おはよ、そ、ソウ、スケ、くん」


 マフラーで顔の半分を覆ったヨリコちゃんが、歯をガチガチ噛み鳴らして赤くなった鼻をすする。


「な、なんでこんな時間に!? とにかくあがって! お茶淹れるから!」


「おおお、おー、じゃま、します」




 俺の部屋で、熱々の緑茶を飲んでホぅっと息を吐くヨリコちゃん。

 少しは暖まったようだけど、かわいそうに耳なんかはまだ赤い。


「それにしても……えらい大荷物だね」


「だって着替えとか、いろいろいるでしょ? 遠出になるんだし」


「え? ヨリコちゃん旅行でも行くの?」


「行くよ? ソウスケくんの実家。約束したじゃん」


 …………え?


 ケロッとした顔でヨリコちゃんは言った。

 ようやく意味は理解するものの、まったく覚えがない。


「え、いや、ちょ……俺の実家って、めちゃくちゃ遠いけど……」


「このまえ聞いたから知ってるよ? だから早起きしたんじゃん。あ、新幹線のチケットはソウスケくんの分も用意してるからね」


「…………あの……俺、準備とか……」


「うん。ふたりでパッパと準備しちゃおっか?」


 俺の困惑すらも折り込み済みだと言わんばかりに、ヨリコちゃんはにひっと白い歯を見せて笑った。

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