第3話 夏休みを優勝した

 周囲でジワジワと蝉がまくし立てる。

 はやくバイトへ行けとせっつくように。


「あぢぃ……」


 炎天下をバスの列に並び、スポーツドリンクをあおり飲んだ。


 バイトなんかやんなきゃよかった。

 何が悲しくて貴重な夏休みを労働に費やさなければならないのか。


 ぶつぶつ悪態をつきながらも、やがて到着したバスに揺られてショッピングモールへ向かう。




 夏休み効果は強力で、ショッピングモールは今日も盛況だった。

 ここにいる人間すべてがゾンビ化したら……などという妄想で待ちうける労働から現実逃避する。


「はあ……ちょっと涼んでいこうかな」


 まだバイトまで時間があったので、フードコートでアイスコーヒーを注文した。


 ストローでちびちびと飲んでいると、対面のテーブル下で交差する太ももが視界に入る。


 つま先に引っかけたヒールの高いサンダルをぷらぷら揺らす、ほんのり日焼けした足。


 コーヒーを流し込んだ喉が、ごくりと鳴った。


「……コラコラ。ガン見、禁止だぞー?」


 ハッと顔をあげる。

 対面の女子が、白い歯をのぞかせてクスクス笑っていた。


 まぶしいほど輝く金髪の、キューティクルストレートヘア。

 アイラインくっきりで、まつ毛長め。


「ほうほう、顔をじっとみつめてー? 視線がだんだん下にー……? はい、いくー」


 涼しげなカットソーのシャツ、腕にはきらきらのブレスレット。

 そして、やっぱりミニ丈のキュロットから伸びた足に目を奪われてしまう。


「定位置にもどりましたー。足、好きだねーキミ」


 かわい――ってか、なんかえろい。

 そこまで派手派手じゃないところが、逆に男ウケよさそうな金髪のギャルだった。


「ねぇねぇ? 声かけられて混乱ちゅう? 思考もフル回転ちゅう、かなー?」


 いちいち“ちゅう”のくだりで唇を突き出すギャル。

 誘ってんのかくそ。


 まどわされるな。

 童貞にやさしいギャルなんて存在しない。


 咳払いをして、氷ごとザラザラとアイスコーヒーを飲み干した。


「いや、別にみてないよ」


「うっそだー」


「はは。いやほんと。空調の動きとか、みてたし」


「ふーん……?」


 金髪ギャルが、テーブルの下でゆっくりと足を組み直す。

 あーこれ古い映画のやつ!


 ダメダメ、みたら負け。

 乗せられたら絶対バカにしてくる。


 自制心を保つため、瞳をギュッと閉じて席を立つ。

 まだ少し早いけど、もうバイトに行ってしまおうと考えていた。


「――あれ? ソウスケくんじゃん」


「あ、青柳さん!?」


 トレイにフライドポテトとジュースを乗せた青柳さんは、そのまま金髪ギャルのテーブルに進んで。


「おっそいよー? 青柳ー。つかその子と知り合い?」


「だからバイトの準備あるって言ったじゃん! えっとバイト先が同じ弓削蒼介くん。こっちはあたしの友達の獅子原ししはら麻央まお


 つよそうな名前だ。

 青柳さんの友達だったのか。


 ということは……先輩か。


「ど、どうも」


 ぺこりと頭を下げると、獅子原――さん、がやけにイタズラっぽい笑みを浮かべて手をふってくる。


「よろしくー。青柳の後輩なら、わたしの後輩も同然ってことだねー?」


 それはどうだろう。


 返事をしないでいると、獅子原さんは身を乗り出して青柳さんに耳打ちする。


「ねー聞いて青柳ー。この子さー、さっきめっちゃわたしの足みてくんのー。青柳も気ぃつけなー?」


「え、マジ?」


 ふざけんなこいつ。


 バイト初日から現場をギスギスさせる気か?

 ただでさえ昨日、青柳さんに通報されそうになったんだぞ俺は。


 なんと弁明しようか、椅子に腰かけた青柳さんを見下ろす。


 これからバイトだからか、青柳さんはラフなショートパンツ姿だ。

 獅子原さんのちょっぴり小麦肌もいいけど、青柳さんの白くて張りのある足も――……ハッ!?


「ちょ……恥ずいって」


 クリーム色のトレイに太ももを隠されて、ようやく我に返った。


「ほらーやっぱみてるし」


「みてねえってっ!」


「急にでけー声だすな怖えー!」


「く……ッ」


 獅子原さんにゲラゲラと笑われてしまう。


 くやしい。

 こんなのメンツ丸つぶれですよ……っ!


「ね? バイト同じなんだしさ、ソウスケくんもいっしょしない?」


 きっと青柳さんは、ぷるぷる震える俺を気づかったに違いない。


「そーだよー、座りなよ弓削ー」


 名字呼び捨てかよ。

 そんなのギャルにもてあそばれてる感がして――


 ……それはそれで、悪くないな。


「お邪魔します」


 俺は素直に席へついた。




 友人だというふたりは本当に仲がいい様子で。

 俺は頬杖をつきながら女子トークにうんうん相づちを打っていた。


 なんかいい匂いに包まれた幸せな空間だ。

 いま客観的に自分を眺めたら、かなりの勝ち組なのでは?


「……でさぁ、ソウスケくんはなんでバイトはじめたわけ?」


「そりゃあれよー、たんまり貢ぐためー?」


「あーね、彼女ね。いいなぁ、彼氏からそんだけ想われたら幸せだよね」


 おまえが彼女になるんだよ!


 そんなこと言えるわけないだろ、バカか?


 いつの間にか話題は俺の話に移っていたらしく、ふたりの視線を前に答えを詰まらせる。


「や、その……彼女とかいないんで」


「え? いないの? なんで?」


 なんで……?

 青柳さんって鬼なのかな?


 俺はトレイに散らばったポテトを掴みとって、口に運ぶ。

 遠く、フードコートの壁に取り付けられた空調機器へ目を泳がせた。


今は・・いらないっていうか……自分磨き? そういうのに、お金も自由も使いたくて」


「へぇ~~~~そぉなんだぁ~~~~?」


 あふれんばかりの笑みが含まれた、獅子原さんの相づちだった。


 くそ、絶対ニヤニヤしてる。

 絶対ニヤニヤしてる……!


「弓削ー、わたし付き合ったげよっかー?」


「……え?」


 口いっぱいに頬ばろうと掴んだポテトが、指のすき間からバラバラとこぼれ落ちる。


 おっといかん。

 こんなことで動揺してしまうとは。

 そんな煽りに乗るほど愚かじゃない。


「い、いやいや、またまた」


「いやいやー、マジマジー」


 獅子原さんはネイルの目立つ指でポテトをひとつ、つまんだ。

 それを俺の口もとにゆっくりと差し出す。


「いいよー? いまフリーだし」


 ポテトの端をくわえると、ぐぐぐとさらに押し込まれる。


「そのかわり、カレシなら敬語とかやめてねー? あとマオって呼んでー♡」


 ポテトを飲み込んだ唇が、ちゅっと獅子原さんの指先に触れた。

 獅子原さんは指で、俺の唇を撫でるように油分を拭き取ってくれる。


「ええ~!? よかったねソウスケくん! 彼女できたじゃん!」


「え? え、ええ、ああ、はい」


 え? なにこれ?

 なにこれまじで?

 まじで彼女できたの俺?


「じゃ、じゃあ……よろしく、ま、マオ?」


「うん! よろしくねー? 弓削ー」


 おまえは名字呼びなのかよ!


 その後、連絡先を交換すると獅子原さん――いや、マオは帰っていった。

 バイトは超がんばれた。


 夏休み2日目。

 早くも彼女ができましたが、何か?

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