第4話 2度目の寝取られ報告事件

 バイト終わりの夕暮れどき。


 適当にこしらえたチャーハンを食べ、早々と風呂も済ませた俺はスマホを握りしめて震えていた。


 受話スピーカーから、先日付き合ったばかりであるマオの嬌声が絶えず聴こえてくるからだ。


『――だから彼氏だってー。あっ――ねぇきこえてる弓削ー? さっきナンパされた大学生とね、いまラブホいんだけどー』


 明日は待ちに待ったバイトの休み。

 マオと出かける計画をいろいろと練っていた。


 なにせ生まれてはじめての彼女なんだから、粗そうがあってはいけないとスマホで調べものをしていたのだ。


 それがどうしてこうなった。

 わなわなと握りしめた拳で、学習机をダァン! とやってみる。


 痛って。


『――なんか大きい音したー。ダメだよ物を壊しちゃ? てかさこの大学生、はげし……っ』


 耳もとで繰り返される、マオのなまめかしくも力強い吐息。

 聴いてる俺まで体温が上昇したらしく、ひたいの汗をぬぐうと自室のエアコンを操作した。


『――いま、冷房下げたー?』


 いや下げたけど。

 まだ通話を切る様子はなかったので、とりあえずベッドに腰かける。


 こう、なんというか――そう、既視感。

 それのせいで、いまいち怒りに燃えられない。


 マオはあえぐように途切れ途切れの言葉で、浮気相手の大学生がいかに熟練しているか事細かに解説する。


 この辺のくだりも経験済みなんだよな。

 それでも多少のイライラは感じながら、テレビのリモコンにふれた。


 お、ネタみせ特番じゃん。

 意識がテレビにもっていかれる。


『――バラエティみてないー?』


 みてる。

 聴覚過敏すぎじゃね?

 俺が言うのもなんだけど、もうちょっと行為に集中したらどうなんだ。


 CMになったので、棚から取り出した漫画をパラパラめくった。


『――なに読んでるのー?』


「前に買った漫画の15巻」


『――おもしろい?』


「やばい! とくに今回は無能ムーヴかましてた主人公が蹂躙モードに入ってさ! そんで――あー……そっち終わった?」


『――あー……うん。シャワー、浴びよっかな』


「そっか。じゃあ、もう切るぞ」


『――明日さー、家いっていい?』


「……まあ、いいけど」


 そこで弁明するつもりなんだろうか。

 マオから電話かけてきといて、誤解もなにも無い気はするけどな。


 ふと、思い出す。


「ダブルピース」


『――え?』


「いやダブルピースとか、やんなくていいのかなって」


『――んー……忘れてた。みたい?』


「そうだな……裸とか、なら」


『――えっちー。じゃあ一応撮っとくからさー? 欲しかったら明日あげるねー?』


「お、おう」


 まじでくれるの?

 リベンジポルノ的な、そういうの警戒した方がいいと思うんだけど。


 通話を終了した俺は、ベッドに寝そべって漫画の続きを開いた。


 ……なに?

 なんだったん、これ?


 今回のはなんか人の気配みたいなものあったし、演技とかじゃないと思うんだよなぁ。

 ベッドのギシギシ音もあったし。


 しかし、立て続けに寝取られ報告とか受けるもんなのか?


 そんなわけない。

 普通ありえないだろ。


 ヨリコちゃんの呪いかな。

 あえて名前を浮かべることを拒否していたけど、報告の流れもヨリコちゃんのときと酷似していた。


 寝取られには明るくないけど、内容が似通うとかそんなことってある?

 寝取られ報告のテンプレとかあるのか?


 ……その手の界隈に聞けばあると答えそう。

 けれど釈然としない。


 まるでミステリ小説を考察するかのように、脳細胞が働いていた。

 この件には、きっと裏があるはずだ。


「……あ~あ、1日で破局かぁ」


 昨日の調子こいてた自分が恥ずかしい。

 でもそれはそれとして、こんなことした意図は確認しなければならない。


 いずれにしても明日だな。

 マオに詳しく理由を聞いてみよう。


 ヒグラシの鳴き声に癒しを感じつつ、寝取られについて造詣を深めるためにスマホで検索エンジンを開いた。


 たどり着いたアダルトな小説投稿サイトで、高ポイントを獲得している寝取られ小説を閲覧する。


 うーん。

 そういえばなんか、ヨリコちゃんから報告されたときみたいな高揚感はなかったな。


 2度目だからか。

 慣れていくんだな、こうやって人は。


 気づけば寝取られそっちのけで純愛ものを読みふけっていて、心身共にスッキリして眠りについた。

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