第2話 アルバイト先の先輩女子

 悪夢をみた。


 彼女もいない童貞なのに、女の子から電話で寝取られ報告をされるという最悪の夢だ。


 枕もとのスマホを引き寄せ、着信履歴にのこる未登録の番号を消去する。

 悪夢の原因は深く考えないことにした。


 ヨリコちゃんなんて人、俺知りません。


 カーテンを勢いよくシャッと開いて、朝日を全身に浴びる。

 すでに輝く陽気に、目が細まる。


 高校生活、最初の夏。


 無性に彼女がほしい。

 寝取られ報告とかしてこない、普通の彼女が。

 せっかくの夏休みなんだし、初めての彼女を望んだってバチはあたらない気がする。


 とはいえ皆どうやって恋人とかみつけてるのか、これがわからない。

 うんうん唸りながら、洗顔や歯磨きをすませて寝癖を叩き直した。


 ……そうだな。


 人が多い場所――女子が多い場所へ行く。

 そこにきっと、出会いがある。


 思い込みとは不思議なもので。

 考えれば考えるほど根拠のない期待はふくらみ、俺は自然と進む足にまかせて家を出た。



◇◇◇



 夏休みの大型ショッピングモールは混雑を極めていた。

 そしてクレープを平らげた俺は、フードコートのテーブルに突っ伏していた。


 こんなとこに何しにきたんだよ……


 見渡すかぎりのファミリー、カップル、フレンズ。

 各々が楽しそうに過ごす姿を眺めていると、よこしまな気持ちで訪れた自分がひどく滑稽に思えてくる。


 そもそも彼氏募集中の女子がいたとして、そこから先は?

 軽率に声をかけようものなら、冷たく見下されるのがオチだろう。


 イケメンは無罪になるらしいけど、その法が俺に適用されるとは到底思えなかった。


「漫画買って、かえろ」


 本日はじめて発した声はカッスカスにかすれて、むなしさが倍増する。


 重い足取りで本屋へ向かい、お目当ての漫画を物色していたとき――


「ありがとうございましたぁ」


 特徴があるわけじゃなかった。

 だけどよく通る澄んだ声に、無意識に顔が向く。


 あ。かわいい。

 第一印象で胸が高鳴る。


 黒髪の毛先が外にハネたボブカット。

 顔のパーツは配置もきれいに整った印象で。

 少しダウナー気味にゆるく開いた瞳が気になるものの、接客の笑顔は自然でやわらかい。


 同い年くらいかな。

 こんな彼女がほしいだけの人生だった。


 あまりにガン見しすぎたせいか、俺と目が合ったレジカウンターの女の子は、怪訝な顔でうしろの扉をチラチラ気にしている。


 あそこスタッフルームじゃないのか。

 だれか呼ぶ気かよ。

 完全に不審者だと思われてるとか、さすがに落ち込むぞ。


 せめて誤解は解いておきたいと、レジカウンターへ歩み寄る。


「ちがうんです俺っ、あの――」


「ひっ店長!」


 まじで助け呼びやがった!

 てか“ひっ”てやめろよ傷つくだろ!


「ハイハイ。どうしたの青柳あおやぎさん?」


 レジカウンター奥のドアから、ヌッと大柄な女性が姿をみせた。

 ぱつんぱつんに張ったエプロンにはシワひとつない。


 いや、ふくよかで俺はとてもいいと思う。

 富の象徴みたいで。


 青柳さんと呼ばれた女子が、さっそく店長らしき女性に耳打ちする。

 なにやらこっちを指さして。


「……ふんふん。――まあ! それほんと?」


 ただ見てただけだろ。

 絶対あることないこと吹き込んでる。


 青柳さんがスマホを取り出したところで、何かよからぬ気配を察した俺は、レジカウンターの貼り紙に光明を見出だした。


「これですこれ! アルバイト! バイト募集の貼り紙みてただけなんです!」


「あら……アルバイトしたいの?」


「そう! 本屋で働くのが子供のころからの夢でして! へへ」


 我ながら卑屈に徹したものだと思う。

 揉み手もした。


「……ですってよ? 青柳さん」


 青柳さんは険しい表情のまま、疑いのまなざしを俺にそそぐ。


 接客のときの笑顔はなんだったんだ。

 幻術か?


「それじゃあとりあえず、履歴書みせてくださる?」


「…………」


 俺はレジ横に置いてあった履歴書つきの求人誌を取ると、そっと青柳さんに差し出してレジを打ってもらった。



◇◇◇



弓削ゆげ蒼介そうすけです。高1です。明日からよろしくお願いします。えと……青柳さん、でいいんですよね?」


「うん。あたし高3――んしょ」


 歳上だったのか。


 ふたりきりのロッカールームで、青柳さんはエプロンを豪快にめくりあげて頭から抜いた。

 自然なふくらみが、Tシャツの胸もとでかすかに揺れる。


 あとシャンプーだか制汗剤だかのめっちゃいい匂いがして、初恋みたいな速度で心臓がどくどく鼓動する。


「ええっと……ソウスケくん、ね? さっきはごめんね? あたしナンパとかキライでさぁ。なんかそんな雰囲気かってに感じちゃって」


「ああ、いや、ぜんぜん気にしてないです」


 あながち間違いでもないし。

 ていうかいきなり名前呼びするとか好きになっちゃうだろ。


「まぁあたしもバイト始めたばっかなんだけど、あんま遠慮しないでなんでも聞いてよ。センパイとして教えたげる」


 口もとゆるめて先輩風を吹かせる青柳さん。

 やっぱ普通にかわいいなこの人。


 ちょっと自意識過剰で変わってるかもしれないけど、明日からのバイトがすごく楽しみになってきた。


「今日はもうバイト終わりなんですか?」


「そ! ひさびさに彼氏と会うんだぁ……えへへ。あ、着替えるからちょい出ててくんない?」


 はい終わったー!

 ぜーんぜんバイト楽しみじゃなくなったー!


 今日イチの笑顔をみせる青柳さんを前に、大きく息を吐いてロッカールームをあとにした。

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