だから寝取られ報告の電話とかするなら彼氏にしてくれませんか!?

シン・タロー

第1章 恋と青春の寝取られ報告

第1話 はじめての寝取られ報告

 夏休み前日の夕暮れどき。


 学校が終わり、早々と風呂を済ませた俺はスマホを握りしめて困惑していた。


 受話スピーカーから、女性の嬌声が絶えず聴こえてくるからだ。


『――え? うん、彼氏彼氏。あっ――ねぇきこえてるケンジくん? さっきナンパされた大学生とねぇ、いまラブホのベッドいるの』


 明日からは待ちに待った夏休み。

 高校にあがって最初の夏休みということもあり、かなり楽しみにしていた。


『――もしかして知らない番号だからわからない? スマホの充電切れそうだったから、カレのスマホ借りてかけたんだけどさぁ――……もう、ちょっと待って……あん、やだぁ』


 それがどうしてこうなった。

 スマホを持つ手が、わなわなと震える。


『――ケモノみたいにすごくて……っ、ケンジくんなんかよりぃ、顔も体も格好よくてね? あたし好きになっちゃったぁ』


 耳もとで繰り返される、女性のなまめかしくも激しい吐息。

 通話をとおして熱気にあてられた俺は、Tシャツの胸もとをあおぐと自室のエアコンを2℃下げる。


『――マジ撮るの? ……はいダブルピースぅ♡ これあとでぇ、ケンジくんにも送ってあげるね?』


 カシャッとシャッター音がたしかに聴こえた。

 ダブルピースする女性って実在するんだな。


 まだ通話を切る様子はなかったので、とりあえずベッドに身を横たえた。


 女性はあえぐように途切れ途切れの言葉で、浮気相手の大学生がいかに熟練しているか事細かに解説する。


 気まずさが半端ない。

 大学生のテクについては正直どうでもよかったんで、1話もみたことのないテレビドラマを眺めて時間を潰した。


『――ケンジくんきいてる? もしかして……みじめに1人でしてる? あははっかわいそう! ケンジくんとじゃ出ない声、たくさんきかせてあげるね……?』


 世の男すべてが特殊性癖持ちだと思うなよ。


 それから10分くらい経過した。

 行為に集中してるのか、女性からの煽りもほとんど無くなってしまう。


 ドラマも終わったし、そろそろ頃合いか。


「……あのさ」


『――あ、ちょっと待って……もしもし? なんか言った?』


「電話番号間違えてますよ」


『――は……?』


「番号、間違えてますよ」


『――ちょ、え――……だれ!?』


「彼氏のケンジだけど」


『――声がぜんぜん違う!』


 そりゃそうだ。

 まったくの他人相手に、ひたすら自分の性癖叩きつけた気分はどんなだろうか。


 俺は最悪だ。


『――マジ……もう、最っ悪!』


「あ、おいまだ切るなよ」


『――は? ざけんな、切るに決まってんじゃん!』


「通話、録音したからな?」


 一瞬、通話相手の女性が沈黙する。


『――え、なん、なんで……そんな……』


「勝手に通話終了したらSNSに拡散する。いいか? せっかくの夏休みで浮かれてた気分を、俺は台無しにされたんだ。相当ムカついてる」


『――だ、だからなんなわけ!?』


「まず謝罪してもらいたい」


『――は!? なんであたしが――つか消せよ録音!』


「立場わかってる? ごめんなさいが先だろ」


『――く……っ』


 さっきよりも長い沈黙。

 返答を待つあいだ、棚から取った漫画をパラパラとめくる。


 すでに何度も読んだ漫画だけど、名作は色褪せない。

 いい感じに没頭してきた。


『――……めんな……ぃ』


「え?」


『――ごめんなさい! あたしが悪かったです! だから録音消してください!』


「ああ、謝ってたのか。ごめんごめん、漫画読んでた」


『――しねッ!』


 逆ギレも甚だしい。

 でも、こんなもんじゃまだ不快な気分はおさまらない。


「じゃあ、つぎはケンジくんに謝罪して」


『――はあ!? な、なんでケンジくんが』


「いや、人としてやっちゃだめでしょ。百歩ゆずって隠れて浮気すんならまだしも、寝取られ報告はだめでしょ」


 ケンジくんの性癖歪んじゃう。

 それではあまりにケンジくんが可哀想だ。


 通話口の向こうで、ぎりっと歯を噛みしめる音がした。

 ような気がした。


『――……悪いのは、あたしじゃない』


「そうかなぁ」


『――ケンジくんが悪いんだよ! 医大の受験だかなんだか知んないけど、ぜんぜんかまってくれないし!』


「いや許してやれよ! ケンジくんの人生めちゃくちゃになったらどうすんだ!? てか2個上かよ!」


『――は? 歳下!? 敬語つかえガキ!』


「ビッチに払う敬意は無い」


 ガッシャンドッカン暴れる音が耳に痛い。

 これ浮気相手の大学生、ドン引きしてんじゃないのか。


『――もういい……っ。とにかく謝ったんだから、録音消せよ童貞!』


「経験が多けりゃいいってもんじゃないだろ。浅っさいなぁ。そんなんだからケンジくんに呆れられんだよ」


『――あんたに、なにが……ッ!』


「ケンジくんに同情するね。でもまあ、ろくでもないビッチ彼女と縁切れてよかったのかもな」


 鼻息をフーフー荒くしていた高3ビッチが、ふと消え入りそうな声でつぶやく。


『――……ビッチ、じゃ……なぃ……』


「え? 聞こえないぞ」


『――びっちなんか、じゃ……なぃもん……ぅぅ……た、ただの、演技……だもん』


「…………え?」


 耳を疑った。

 演技? 演技って――


「ほんとは浮気相手とか、いないってこと?」


 長い長い沈黙。


『――…………ぅん』


「スマホは……?」


『――……弟の……借りて……番号うって……』


「え!? まじで自作自演してたの!? エッチしてるみたいに声出して!?」


 答えは返ってこない。

 だけどずびずびと鼻をすする様子が、そこはかとない真実味を帯びさせる。


「な……泣いてる?」


『――泣いてないっ』


「ひとつ、聞きたいんだけど……」


『――……なに……?』


「どんな気持ちでダブルピース撮ったの?」


『――しねッ! ころす! ころしてやるッ!』


 またもドッタンガッシャン激しい音。


 怖い。

 きっと顔真っ赤に違いない。


『――“ヨリコちゃん帰ってるの? 夕飯手伝ってくれなぁい?”』


「ヨリコちゃん?」


『――名前呼ぶな! あぁもうおかあさん帰ってきちゃったじゃん……マジで最悪なんだけど……っ』


「まあ、なんだ……ケンジくんと仲良くな?」


『――おまえどっかで会ったら絶対ひっぱたくから! バァカバァカバァァァカッッ!!』


 そうして通話は切られた。


 よかった。

 寝取られ報告される、可哀想な彼氏なんていなかったんだ。


 頭を枕に倒して、大の字に体を伸ばす。

 夏の夕暮れをヒグラシの鳴き声が心地よく彩っている。


 明日から夏休み。

 海に夏祭りにと、定番イベントが山積みだ。


「……彼女……ほしいなぁ……」


 ヨリコちゃんはちょっとアレだけど、ほんの少しだけケンジくんをうらやましく思った。

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