第40話 妄想台風現実連動型

 窓がガタンガタン激しく揺れている。

 壁が軋むような音を出し、雨は機関銃のようにマンションを撃ちまくっている。


 近年ではかなり大きい方の台風だ。

 土曜なんで学校は休みだが、平日だったとしても臨時休校だろう。


 こんな日はすることもない。

 漫画もそこそこに、ヨリコちゃんの寝取られシナリオを書いていた。


 今や俺のライフワーク。

 ストックもたまってきた。

 はやくお披露目したいんだけど……。


 スマホを手に取り、ヨリコちゃんに“ヒマ?”とメッセージを飛ばしてみる。


 ほどなくして。


“ひま”

“じゃない”

“つぎの新月っていつ?”


 は? 新月?

 いや“わかんないよ”と。

 そもそも“なんで?”。


“新月に願い事すると”

“叶うんだって恋愛”

“おまじない”


 なんとも女の子らしいことで。

 ケンジくんとの仲を修復したいのかな。


 おまじないか。

 まじないって書くんだよなたしか。


「……うーむ」


 それ“だれに聞いたの?”と。


“水無月ちゃん”

“なんか詳しいんだって”


 ふむふむ。

 これは……見えてきたな。

 水無月さんと魚沼くんの関係性が、徐々に。


 魚沼くんが呪術関連の本ばかり読んでいたのは、好きだからではなく、そうせざるを得なかった可能性。

 つまり呪術の知識を早急に蓄える必要があった。


 なぜならば本当の呪術使いは――。


 ポコンとスマホがメッセージを受信し、思考が中断される。


“ね”

“ひまなんだけど?”


 さっきはヒマじゃないって言ったくせに。

 ほんとにかわいいやつだな、こいつ。


 しかしヒマというなら話は早い。

 俺はストックされた寝取られシナリオの中から、本日にもっともふさわしい1本をヨリコちゃんに送りつけた。


 すぐに着信を告げるスマホに飛びつく。


「もしもし」


『――なに、あれ?』


「新しい脚本。見た? ちゃんと台風の日の話になってんでしょ!?」


『――まだ見てないし、そんな興奮されましても。てか、わざわざそんな限定的なシチュエーションのやつ書いたの?』


「そうだよ先見の明ってやつ! すごくない!?」


『――台風の日しか使えないじゃん、それ』


「…………」


 たしかにそうだ。

 ストックを振り返ると、雪山遭難寝取られ、トンネル閉じ込め寝取られ、雨のバス停寝取られ、クリスマスミニスカサンタ寝取られ。

 等々、限定的なシチュエーションがてんこ盛りだった。


 いつか、刺さる。

 ズブッとな。


『――まぁ……やってもいいよ? 弟は友だちの家行ってて泊めてもらうらしいし、お父さんは職場に泊まるらしいし? お母さんも心配だからってお祖母ちゃん家行ってるから……声、だれにも聞かれないし』


「じゃあヨリコちゃん、家にひとりなの? 大丈夫? 怖くない?」


『――はぁ? あたしの胆力舐めんなっての。ほらほらやるよ! えーと前といっしょで【ヨ】ってのがあたしね? この【間】っていうのは?』


「今回は、間男役でいかせていただきます」


 現実でも、そっちの役割の方がしっくりくるのが悲しいところ。

 けれどこの寝取られシナリオにおいて間男とは、ずばりヨリコちゃんを落としてえっちにもつれ込むという役得なポジションなのだ。


 彼氏役より好待遇。

 やるっきゃないだろ。


『――風雨が強くなり、家に遊びに来ていた男子を泊めることになったヨリコ……前から気になってんだけどさ? ソウスケくんの中であたしって、なんか尻軽なイメージついてない?』


「いや、ある程度の尻軽さは必須! だって寝取られちゃうんだから」


『――それはそうなんだけどさぁ……なんかヤだなぁ』


「はいほら演技! 集中集中!」


『――あたしにこれ、やらせるときだけやたら元気だよね? ……ぅゔんっ。――風、強くなってきたね? ソウスケくん』


 喉を鳴らして、女優モードに切り替わったヨリコちゃん。

 俺も足をひっぱらないよう、シチュエーションを具体的にイメージする。


 まずはベッドに腰かけて。


「怖くないか? ヨリコちゃん、もっと近くにおいでよ」


『――ううん、あたしはここで……きゃっ!?』


 いっそうの暴風が吹き荒れ、窓を激しく叩いた。

 怯えるヨリコちゃんの腕を掴み、ベッドへ座らせる。


「ほらとなり、座って?」


『――う、うん。……あの、手』


 ベッドに座らせたあとも、俺はヨリコちゃんの手を握りしめたまま。

 もぞもぞと具合悪そうに動く指先を絡め取って、荒れ狂う嵐を堪え忍ぶ。


『――手……やっぱ離して? あ、汗かいちゃってるし、その』


「汗なんか気にならない。だから離さないよ」


『――でも、だめ、だめだよこんな……あたし、彼氏が――きゃ!? なに、て、停電……?』


 真っ暗闇の部屋で、呆然とヨリコちゃんは天井を見上げる。

 不安に満ちた横顔にそっと触れ、細い肩を抱き寄せた。


『――ソウスケくん……?』


「もっとこっちにきて、ヨリコちゃん。何も見えなくても、こうして抱き合えば姿形がわかるから」


『――で、でも……ん……あたし……あた、し』


 目尻からひとすじの雫を流して、ヨリコちゃんは――。


『――うわああああああ!?』


「うおおおおーッ!?」


 大絶叫した。

 びっくりした。

 おかげで俺まで悲鳴あげてしまった。


「な、なに!? この場面で悲鳴あったっけ!?」


『――ちがっ……ちがくてっ! 窓! 窓ガラス割れちゃったかも!? どうしよう!? どうすればいい!?』


 え、ガチの話?

 たしかに今すげえ風は吹いたけど。


「とにかく落ち着いてヨリコちゃん! むやみにガラスとか触らないで――」


 スマホは放り投げてしまったのか『――風ヤバ……どうしよう、お父さんに電話……』とおろおろするヨリコちゃんの声が遠く聞こえる。


 迷ってるヒマはなかった。

 雨合羽を羽織って、靴箱の奥から長靴をひっぱり出す。

 何年ぶりかな、長靴履くの。


 玄関のドアを開けた瞬間、外へ出ることを拒むかのような凄まじい暴風に体が押し戻される。


 ヤバいな、風。

 うっかりすると死にそう。


 足腰を踏ん張り、外に出た。

 何度かぶり直してもフードが外れるので、放っておく。


 待っててくれよ、ヨリコちゃん……!


 人っ子ひとりいない道を、焦らず、慎重に歩みを進めながら思う。


 本当にびっくりしたときの悲鳴って、かわいらしいもんじゃないんだな。

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