第41話 嵐過ぎるまで
住宅地を塀伝いに進み、暴風に対処しながらなんとかヨリコちゃん家にたどり着いた。
しかしインターホンを押しても、ドアを叩いても一向にヨリコちゃんは現れない。
「ヨリコちゃんっ! ヨリコちゃんっ!?」
まさか、なんかあったのか!?
焦りがつのる。
スマホを取り出して、ヨリコちゃんにコールするとすぐに繋がった。
『――ソウスケくん助けてっ!? さっきからピンポンピンポン鳴らしてドアめっちゃ叩く異常者がいんのッ! あたし殺されるッ!』
「それ俺だからっ!! はやく開けてくれ! 俺が死ぬっ!」
『――え!?』
通話が切れて、家の中からドタドタした足音が響いてくる。
勢いよくドアが開け放たれ、髪ボッサボサで涙目のヨリコちゃんが迎えてくれた。
「な、なんで……雨も風もすごいのに、来てくれたの……?」
「それより窓は!?」
「あ、うん! あがって!」
玄関でびっちょびちょになった雨合羽を脱ぐ。
中に着てた寝間着代わりのシャツもハーフ丈のジャージもぐっしょりだったけど、ヨリコちゃんにつづいてリビングへ入った。
リビングは風が怪物の唸り声みたいな音を出して吹き込み、ガラス片や小物が散乱している。
どうやら奥のキッチン横の窓ガラスが割れてるらしい。
「ヨリコちゃん、プラスチック段ボール――なければ普通の段ボールでも。あとガムテープある?」
「も、持ってくる!」
「あ! あとスリッパ貸して」
「これ使って!」
ヨリコちゃんが履いてたクマさんスリッパに足を通した。
あったかい。
すぐにペタペタとリビングへ戻ってきたヨリコちゃんから段ボールとガムテープを受け取って、じゃりじゃりするフローリングを踏みしめる。
窓ガラスの処置は間もなく終わった。
まあ、窓枠の内側から段ボールあててガムテープで止めただけなんだけど。
「見ての通り応急処置だから。でもたぶん台風が弱まるまでは大丈夫だと思う。あとは危ないから床掃いとこうか」
「ありがとう! ほんとに、ありがとう……!」
鼻をグスグスすすってヨリコちゃんは、まっすぐ正面から俺の手を握りしめる。
ヨリコちゃんのあたたかい両手が、いつくしむように手の甲を何度も撫でる。
もし俺がヨリコちゃんの彼氏だったなら、ここで抱きつかれてたのかもしれないな。
……なんてことをぼんやりと考えた。
「掃除はあたしやっとくから、ソウスケくんはお風呂入ってきて? 風邪ひいちゃう」
「う、うん、ありがとう。怪我しないよう気をつけてな」
「シャンプーとかボディソープとか、どれでも使っていいから」
ヨリコちゃん家のお風呂ってだけでもドキドキしたけど。
風呂あがりに頭を拭いてたら、ヨリコちゃんと同じ匂いがしたことがなりより胸をバクバクさせた。
フウタくんのだというTシャツと短パンに着替えて、脱衣場兼洗面所を出る。
「あ――……」
廊下にはヨリコちゃんが待ち構えるように立っていて、何か言いたげに上下おそろいなピンクスウェットの裾を握りしめていた。
さっきまでチューブトップにホットパンツ姿だったと思うが、わざわざ着替えたんだな。
まあ露出高めだったし。
でも前に家来たときは、ぜんぜん気にする風でもなかったような気がしたけど。
顔をうつむかせ、髪を耳にかける動作を繰り返すヨリコちゃん。
「あの、リビングあんなだし……部屋、いく? わ、和室とかもあるんだけど」
なんか……えろかわいいんだけど。
意識したような態度取られると、俺までふたりきりなのをあらためて意識してしまう。
外は嵐だ。
だれも家に帰ってくる人間はいない。
「その……和室より、部屋見たいかな。ヨリコちゃんの」
「わ、わかた! でもそんな、散らかってるから部屋! 期待、しないで? 2階、だから!」
「お、おう!」
ロボットみたいな硬さで階段をのぼるヨリコちゃんの、後につづく。
前にお邪魔したフウタくんの部屋、そのもうひとつ奥のドアをヨリコちゃんが開ける。
なんらかのフレグランスな香り。
綺麗に整頓された女の子らしい部屋は、間取りなんかはほぼ俺の部屋と変わりない。
けど無骨な部屋とはやっぱり華やかさが圧倒的にちがった。
ベッドに転がる巨大なトウモロコシの抱き枕。
参考書の類いと、いくらかの少女漫画が本棚には並んで。
学習机の写真立てが視界に入ったとたん、ヨリコちゃんが慌てた様子で机に駆け寄る。
「あ……と。……あはは」
写真立てを伏せようと倒す途中で迷いをみせ、結局ヨリコちゃんは元通りに写真を立てた。
そうだよ、それが正しい。
むしろなんで伏せようか悩んだんだ。
青の守護者――ケンジくんとヨリコちゃんのツーショット写真だ。
ふたりとも少し恥ずかしそうに、だけど嬉しそうにはにかんでいる。
これは脳……というより、やっぱ胸が苦しい。
でもわかってたことだ。
わかってて踏み込んだんだから、今さら後悔はしない。
「二人三脚の練習のとき、わざと黙ってただろ? ケンジくんのこと」
「わざとってわけじゃないよ、だって喧嘩中だし。どうだった? ケンジくん」
「どうって……いい人そうだったよ。今日だって、電話すれば飛んで来たんじゃないか?」
「ん。……正直ね? 電話しようと思ってた。そしたら、ソウスケくんが来てくれて」
来てよかったのか、悪かったのか。
きっとふたりにとっては最悪なタイミングだった。
関係修復できたかもしれないのに、ただのお邪魔虫でしかないからな。
「あ、そこ座って? な、なにしよっか? 漫画好きだよね? 読む?」
ふかふかのシーツが心地いいベッドに腰かけて、どこかよそよそしいヨリコちゃんを見上げる。
目を合わせてくれない。
ヨリコちゃんだって本当は、ケンジくんに来てほしかったに違いない。
そう考えると自然に手が伸びて、ヨリコちゃんの腕をぎゅっと掴んでいた。
「えっ、あの、ソウスケ、くん?」
「じゃあさ。シナリオの続きやろうよ」
「え? でもそれって――きゃ!?」
ベッドのスプリングが軋んだ。
強引にとなりへと座らせたヨリコちゃんは、俺が掴んだままの腕を外そうと試みて、困ったように微笑んだ。
「も、も~……おいたしちゃ、だめでしょ? ソウスケくん?」
たぶんわざと子供に言い含めるみたいに、ヨリコちゃんが俺の頭を撫でる。
でもわかってんのか?
だれもいない家に招き入れて。
頭を撫でるくらい近い距離にいて。
大好きな女の子の匂いで満たされた俺が、次に体温を求めようとしてるなんてこと。
ほんとにわかってる?
「ヨリコちゃん、抱きしめていい?」
見開かれた鳶色の瞳に映る俺の姿が、大きく揺らいだ。
「……だめだよ? 彼氏、いるから」
「寝取られってそういうもんだろ。今ここで俺に襲われたって、文句なんか言えないだろ」
ヨリコちゃんの顔が歪んだ。
知ってる顔だ。
祭りの夜に見た、すんげえ悲しそうな顔。
まるで憐れむような、悪いことをしたと自責の念にかられたような、見たくない類いのやつ。
「……文句……言わないよ、なにされても。でも、泣く」
泣くのかよ。
それは嫌だな。
「だれにも言わないし。……いいよ。もしそれで、ソウスケくんの気がちょっとでもまぎれるなら」
そうしてまた、一生かけて背負うとかいう罪をつくるわけだ。
だいたい、まぎれるわけねえだろ。
舐めんなよ。
俺がほしいのはヨリコちゃんそのものなんだよ。
「……ほんと、ずりぃよな」
「ごめんね? こたえ、られなくて」
気持ちには応えられないとハッキリ告げられた。
何回振られるんだよ俺は。
「あーあ! 冗談だよ冗談! ノリ悪すぎヨリコちゃん! だいぶ風も弱まった気がするし、合羽着てダッシュで帰れば――」
「だ、だめ! だって、まだ、危ないから」
立ち上がろうとする俺の手を掴み、ヨリコちゃんはまたベッドに座るよう促してくる。
「ほんっとわがままだな」
「ね、あたま撫でていい?」
「ほんとわがままだなっ!?」
どういうつもりなんだこいつ。
もてあそびやがって。
おそるおそる俺の頭に手を伸ばすヨリコちゃんに、少しくらい仕返ししてやろうと思う。
「撫でてもいいけど、幼児言葉な?」
「わ、わかた。……よち、よち。やさしい、ソウスケくん……かっこよかったでしゅよ……? よち、よち」
傍から見れば、馬鹿にでもされてるような。
だれにも理解されない、特殊なプレイ空間とでもいうべきふたりの時間。
「えらい、えらい……よち、よち」
でも雨音と、風と、静かでやさしい囁きが相まって。
嵐が止むまで、俺は心地よくヨリコちゃんに身をあずけていた。
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