第39話 青の守護者とかいう先輩

 謎の男子、青の守護者との二人三脚は意外なほど相性がよかった。


「おし、次は右からだソウスケ!」


「うっす」


 右、左、右、左、1、2、1、2――


「スピードあげていくぞ!」


「くっ――!」


 大きな動作をなるべく削り、ただ呼吸を合わせることだけ考えてゴールまで走り抜ける。

 今のは、なかなか速いタイムが出たんじゃなかろうか。


「はあ、はあ、やるじゃん」


「いや、先輩こそ、はあ、速いすね」


「この調子だと1着取れるかもな」


「俺はべつに、順位は」


 先輩は不敵な笑みをたたえながら、広いグラウンドを見渡した。


「やるからには狙うだろ? 1着」


 それがこの人のスタイルなんだろう。

 デキる者特有の自信。

 まぶしいよ、いやほんと。


 ふと真顔になった先輩は、肩で呼吸する俺をじっと見下ろす。


「……ところで、ぜんぜん青の守護者って呼んでくれないのな」


「呼びませんよ、そりゃ」


 呼ぶ方だって恥ずかしいんだぞ。

 狂気じみた遊びはよそでやってくれ。


 6限目の体育もそろそろ終わりの時間なので、俺はヨリコちゃんの姿をさがす。

 ほどなくして、水無月さんといっしょに校舎へ戻る後ろ姿を見かけた。


 シナリオの件を話したい。

 思いきって帰りを誘ってみようかな。

 彼氏となんかあったみたいだから、ひとりで帰るつもりかもしれないし。


「ヨリ――じゃなかった青柳さ――」


「なあソウスケ」


 後ろから肩をがっしり掴まれ、呼びかける声が途切れた。

 けっきょくヨリコちゃんは俺に気づくことなく、校舎の中へと消えてしまう。


 ああ……。

 なんてことしてくれんだ、この先輩は。

 忌々しくも振り返った。


「……なんすか、青の守護者さん」


「はは。なあ、ちょいと付き合わないか?」


「は?」


「いっしょに帰ろうぜ、って言ってんだよ」



◇◇◇



 なんの因果か。

 俺は帰り道を、青の守護者パイセンとふたりで歩いていた。


 なんなんだこの状況は。

 友だちやせめて知り合いならまだしも、今日会ったばかりの先輩男子といっしょに帰ったって話も弾まない。


 空は俺の心を映し出したかのような曇り空。

 台風きてんだっけか。

 いずれにせよ、天気の話題なんか振りたい気分でもなかった。


「ソウスケはさ、好きなやついんのか?」


「と、唐突ですねまじで。……まあ、いなくはないですけど」


「そっか。オレもいるんだよ、好きなやつが」


「へえ……」


 先輩は、街の雑踏を眺めるようにゆっくりとした歩幅で歩く。

 とくに意識した様子もなく、普段からそんな歩調なのかもしれない。


「もしかして彼女ですか?」


 まるで女の子といっしょのときみたいな緩い歩き方だったから、そうたずねた。


「ま、そうなんだけど。ちょっと最近うまくいってなくてな」


「喧嘩したんですか?」


「オレにはぜんぜん怒る要素はない。……怒らせちゃったんだよ、放ったらかし過ぎだってな」


「あーそりゃいけない」


 放置はダメだ。

 身近なヨリコちゃんという存在を知ってるから、よけいに思う。


 足もとに視線を落とした先輩は、ある種の決意を秘めた瞳で静かに呟く。


「たしかに今は寂しい思いをさせてる。けどもう少しの辛抱なんだ。将来あいつに、苦労なんてかけたくないからさ」


 彼女に対する想いが真摯なのは伝わる。

 真剣に未来図を描いてるんだろうな。

 これだけ想われてれば、彼女だって幸せだろう。


 でも俺とは少しだけ、違う。


「今を彼女といっしょに楽しんで、将来もいっしょに苦労していく方がよくないすか。たぶん、そっちの方が彼女も嬉しいんじゃないかって……」


 偉そうに言うことでもない。

 きっとどっちが正しいかなんて、ないはずだから。


 青の守護者パイセンは、俺の顔をまじまじと見つめている。

 あんな台詞言ったあとだし、超恥ずかしい。


「ソウスケってさ、オレの彼女みたいなこと言うんだな」


「え? いや、受け売りみたいなもんなんで」


 祭りの夜にヨリコちゃんが言ってたことだ。

 あれがあったから、俺の考えも変化していったのかもしれない。


 先輩が前触れなく、俺の背中をバシバシ叩く。


「このあとメシでも行かねえか? おごるぜ? ファミレスなんだけど、割り引きっつうか顔パスみたいなもんだからさ」


「今日は、やめときます。飯炊いて出てきたんで」


「そっか。わかった」


 断りにも、不満を見せるようなことはなく。


「じゃあまたなソウスケ! 体育祭、1着だぞ?」


 鞄ごと腕を振り上げて、青の守護者パイセンの背中は小さくなっていった。


 なんだろうな。

 いっしょにいて不快に思うことがまるでない。


 ああいうのがモテるんだろな。はあ――


 ――……あいつ、ケンジくんじゃね?

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