第38話 運命

 ヨリコちゃんの寝取られシナリオになんかハマったせいで、寝不足がひどい。


 教室では間近に迫った体育祭の、出場競技の割り振りなどをやっている。


 体育祭か……。

 ふと頭に、体操着姿のヨリコちゃんが浮かぶ。

 やる気のない目をしながらも、ハチマキなんかはしっかり締めて。


 砂ぼこりの舞うグラウンドを二人三脚。

 相方の男子と歩調が合わず、文句を言いつつなんとかゴール。


 打って変わってはじける笑顔。

 汗かいちゃったね? ちょっと涼みにいこうか、なんてふたりきりでグラウンドを離れて。

 次第にひと気の無い場所へ、誘われるがままについていく無防備なヨリコちゃん。


 密室と化した体育倉庫のマットにふたりは腰かける。

 ふいに雑談が途切れ、男子生徒の手がヨリコちゃんの豊満な――豊満……ではないな、べつに。


「じゃあ、次ー。二人三脚参加希望のひとー」


 反射的に右手をあげる。


「はい、弓削くんで決まりね」


「え?」


 黒板に“二人三脚→弓削”と書かれ、ひとり頭をかかえた。


 しまった。

 ヨリコちゃんの体育祭ドキドキ寝取られなんか妄想してたおかげで、二人三脚のワードに反応して立候補しちまった。


 もっと運動量の少ない競技で軽く流そうと思ってたのに。


「なお今年の二人三脚は3年生とペアを組むそうなんで、選ばれたひとは次の体育で顔合わせに向かってください」


「え!?」


 さっきより大きい声が出てしまい、クラスメイトから注目を浴びる。

 でも、そんなことどうだっていい。


 運命……なのでは?

 この流れは、まさか妄想が具現化しようとしているのでは。


「二人三脚の参加、だれかもうひとり――」


 考えるほどに、確信めいた思いが沸き上がってくる。

 俺は胸を高鳴らせて、体育の授業を待った。



◇◇◇



 体操着を身につけ、グラウンドの端っこに集合する。

 1年生と3年生を合わせて20名。

 ここにはいないけど2年生から10名の参加で、計30名が当日の二人三脚の参加者となる。


 はたしてそこに、ヨリコちゃんはいた。


 気だるそうに、片腕を掴んで伸ばした体を、横に倒していくヨリコちゃん。

 白いわき腹がチラ見えして、凝視してしまう。


 って、いかん。

 こんなの他の男子にも見られちゃうだろ。


 駆け寄って、小声で呼びかける。


「よ、ヨリコちゃん。おなか、見えてる!」


「ソウスケくん!? こ、こら、ここ学校なんだし、呼び方!」


 そ、そうか。

 親しげにヨリコちゃんなんて呼んでたら、たしかに変に思われるよな。


「……てか、二人三脚出るんだ? ふぅん」


「ヨ……青柳さんこそ」


 どこか会話はぎこちなく、ヨリコちゃんの顔がほんのりと赤い。

 たぶん俺の顔もそうなってるんだろう。


 電話はしてるけど、こうして面と向かって話するのは久しぶりだ。

 そしてこの偶然。

 やっぱ運命を感じる。


 新しい寝取られシナリオの話もしたいけど、まずはサクッと二人三脚のパートナー登録を済ませておこう。


「あの青柳さん、俺と二人三脚――」


「あっ! キミ1年生? よかったらあたしとコンビ組まない?」


「ええ。よろしいですよ」


 誘った瞬間に、ヨリコちゃんは他の女子とペアを組んでしまった。

 伸ばした手が、宙ぶらりんとなる。


「え……? 運命は?」


「交響曲第5番のお話でしょうか」


「ちがう!」


 なんのことはない。

 ヨリコちゃんが誘った1年は水無月さんだった。

 クラスから2名、水無月さんも二人三脚のメンバーだったのか。


「てかさぁ。ふつうに考えて男女でペア組むわけないじゃん? 漫画じゃあるまいし」


「ぐぅ……っ」


 ぐうの音が出た。

 正論なので何も言い返せない。


「……水無月と申します。よろしくお願いいたしますね、先輩」


「あたしは青柳。よろしくね? 水無月さんて……どっかで見たことあるような」


 祭りのときは遠目だったし、何より俺がヨリコちゃんの口とか塞いでたからな。

 それどころじゃなかったんだろう。


 ヨリコちゃんは水無月さんと、二人三脚の練習をはじめてしまった。

 俺はどうしようかと周囲を見回していると。


「よう、1年か? 相手いないんだったら、オレと組まないか」


 振り返れば、俺より少し背の高い、3年らしき男子生徒がさわやかに笑いかけてきた。


 とくにイケメンというわけじゃないけど、人に好かれそうな嫌味のない顔立ちだ。

 なんというか清潔感がある。


「あ、じゃあよろしくお願いします。俺は弓削です、弓削蒼介」


「おう。よろしくなソウスケ!」


 握手を求められたので、交わす。


「それで、先輩は?」


「そうだな……“青の守護者”とでも呼んでくれ」


「……は?」


 その3年生の男子は、これで自己紹介は終わりだとばかりにマッシュな黒髪をかきあげ、グラウンドへと俺をうながした。


 先輩だけど、あえて言わせてもらおう。

 こいつもぜったい変なやつだわ。

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