第12話 コンドームとコンビーフ間違いがち

 さて、悲報。


 ヨリコちゃんからの相談事にそなえて、ヘリウムガス10本を購入した俺。

 スマホアプリでボイスチェンジャーがあることを知る。


 しかもバイト前に買うというバカさ加減。

 せおったリュックの中で、10本の缶がガチャガチャ音を立てる。


 けっこう重いし。

 良質な空調設備をもってして、なお汗が出てくる。


 アイスコーヒーを飲みたいところだけど。

 昨日の今日ということもあり、フードコートには寄らずに直接バイト先の本屋へ向かった。




「あ」


「おっ……おはよう、ヨリコちゃん」


 なんということだろう。

 顔を合わせるのが気まずいからと早く来たのに、休憩室にはすでにヨリコちゃんがいた。


 パイプ椅子に座るヨリコちゃんは、椅子のへりに両足のかかとを乗せて、ひざを抱っこする……いわゆる体育座りをしてたようなのだけど。


 俺がドアを開けた瞬間に足を下ろして、あわててスカートを伸ばしていた。


 少し悲しい。

 いや、パンツみえるかもしれないから当然か。


 スカートめずらしいな、と思っただけでじろじろ足はみていない。

 紳士だからな。


「ソウスケくん。その、昨日のほら、寝取られ……とかの話、なんだけど」


 スニーカーを履きながら、ヨリコちゃんの方から切り出してくれた。

 どう話しかけようか頭を悩ませていたので、正直に助かる。


「ああ、あれね! 俺も言わなきゃと思ってて。ヨリコちゃん、もしかして勘違いしてるかもなって」


「ん、勘違い?」


「そ、そうそう! なんか口説いてるみたいに思われちゃったかなーみたいな!」


「あ、あ~それな! ……あたし、ほんと言うと、ちょっとだけ勘違い、しちゃってたかも」


 ほんのり赤くなった顔をうつむかせ、恥ずかしさをごまかすようにパイプ椅子をギコギコ揺らすヨリコちゃん。


「や、やだなもう! 俺、これでもヨリコちゃんと彼氏のこと応援してんだよ? 寝取ったりするわけないって!」


「おー? 言うねナマイキぃ。でも、ありがとね。まぁ寝取られたりなんかしませんけど」


 あはは、あははと休憩室が空虚な笑い声に包まれる。


 なんだこのくっそさむい空間は。

 帰りてえ。


 実際のところ乾いた笑い声出してるのは俺だけで、ヨリコちゃんは心底ホッとした表情だ。

 なんでこんな、らしくもなく笑ってるのか自分がわからない。


 誤解を解消できて、俺も安心したのかもな。


「あーよかった……。ところでさソウスケくん。今日、荷物パンパンくない?」


「ああ、これ? 買ったんだけどもう必要なくなって。ヨリコちゃんいる? ヘリウムガス」


「ん、ヘリウムガス?」


 ……あ。


 バカか俺は。

 自ら正体をバラしていくスタイルか?

 とにかくごまかさないと!


「あ~ほら! あさって海行くからさ! パーティグッズいろいろ買ったんだよ! ヘリウムガスだけじゃなくて、ビーチボールとか、電車でするトランプとか――」


 ほんとにいろいろ買ってたんで、言いながら品物をテーブルに出していく。


「ビーサンも買ったんだった。あとはコン――」


「……こん?」


 念のため購入しといた、0.01mmの箱をリュックの奥底へとしまい込む。


「コンビーフだよ」


「ないじゃん」


「見せるのはちょっと……」


 疑いのまなざしから顔をそむけて、出したものを淡々とリュックに詰め直した。


 ヨリコちゃんが、うーんと腕を突きあげて伸びをする。


「……海かぁ、いいなぁ」


 まるで俺への警戒心がとけた証拠だとでもいわんばかりに、スニーカーを脱いだ片足を持ちあげてひざを抱える。


 そのポーズは太ももの裏っかわとか、パンツとか見えそうで目に悪い。

 絶妙にパンツは見えないけど。


「ヨリコちゃんも彼氏と海いくんでしょ?」


「あれね、なんか流れそう」


 せっかく取り戻したヨリコちゃんの笑顔が、みるみる曇っていく。

 ダウナーを象徴する半目が、今は3分の1くらいしか開いてない。


 おいおい、まじかよケンジくん。

 さすがにヨリコちゃん放ったらかしすぎでは?

 受験はそりゃ大事だろうけど、高校最後の夏休みくらい……。


「ヨリコちゃんも、いっしょに海いかない?」


 きっと同情心から、気づくとそう声をかけていた。


「あ――い、いいよいいよ、そんなつもりじゃなくって。……だってマオとふたりきりでしょ?」


「も、もともとは人数多い方が楽しいよねって話しててさ。だからヨリコちゃんが、もし都合よければ――」


「ほーん? 青柳の都合よければなんだってー?」


「うおっ!?」


 耳もとで囁かれる不意打ち。

 いつの間に休憩室へ入ってきたのか、真後ろにマオが立っていた。


 こいつ、音もなくドアを……!

 くっくと笑うヨリコちゃんを見るに、マオの入室に気づいたうえで泳がされたらしい。


 やけに香水のいい匂いがするはずだ。


「まー、マジな話、青柳も来たらー?」


「えー邪魔じゃね、あたし? ほんといいの?」


「いーのいーの。青柳バイトばっかしてっからぁ、ぜんぜん遊べてないしー? ソウスケとふたりだとママにさせられちゃいそーだし」


「孕ませねえよっ!」


 なんのために0.01mm買ったと思ってんだ!

 まあ、ヨリコちゃん来るなら使うこともなさそうだけど。


「あ、じゃ、じゃあちょっと待って? 一応、ね?」


 取り出したスマホを、ぽちぽちタップするヨリコちゃん。

 すぐにポコンと返ってきたメッセージを確認し、顔を輝かせた。


「いいって! てか、今日返事はやっ」


「……彼氏?」


「だよ。ちゃんとバイト先の男子もいるって言ったから。あ、やべぇ水着買わなきゃ」


 いちいちケンジくんに許可とるのか。

 男がいるんだから、まあそうだよな。


 ヨリコちゃん嬉しそうでよかったよ、うん。


「じゃバイト終わんの待ってっからさー、そのまま買いにいこー?」


「いいねぇ! なんかあがってきたわ。ソウスケくん、あたし先に出てるから! マオも店長くる前にここ出なよー?」


「おすおーす」


 元気よくドアを飛び出すヨリコちゃんを見送り、マオとふたり休憩室に残された。


 じっとりした目を向けられる。


「……ソウスケさー」


「な、なに?」


「青柳のこと、好きくない?」


「は? そんなわけないだろ、彼氏いんのに」


「カンケーなくね?」


「そこ関係ないとか思えるの、マオだけだから」


「じゃーもしカレシいなかったらー?」


「ないない。そもそもそんなこと論じる意味がない」


 だいたいマオは知らないから。

 俺とヨリコちゃんのわけわからん関係性を把握すれば、惚れる要素なんてまるでないことがわかるだろう。


「……ま。わたしはどっちでもいいけどねー? ソウスケと青柳がパンパンするとこ見せつけられるのも、それはそれでー……」


「少しはその性癖を隠す努力しないか?」


「でもまー忠告? だけはしといたげるー」


 マオは耳にかかったキューティクルな金髪を、指でサラッと流しすいて。


「青柳にホレちゃったらさー……たぶんソウスケ、地獄みるよー」


「……え?」


「わたしにしとけー。なー?」


 けらけらと笑って、マオは休憩室を出ていった。


 地獄?

 というか、俺がヨリコちゃんに惚れるとかいう前提がまずありえないんだけど。


 地獄って……?

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