第13話 逆寝取られ報告

 バイト終わりに、ショッピングモール内にある水着専門の売り場を訪れる。


 男女比は1対6ほどだろうか。

 女性が多いためか喧騒も華やかだ。


 下着売り場よりマシとはいえ、男はなかなか入りづらい空気感がある。

 布面積でいえばどっちも同じだし、目のやり場に少し困るというか。


「青柳ー、水着ソウスケに選んでもらったらー?」


「なんでだよ。女の子が喜びそうなデザインの水着とか、俺わかんないぞ」


 手を振って無茶ぶりを拒否するが、マオは引き下がらない。


「ソウスケの好みでいーじゃん。青柳も今度また海いったときさー、カレシがよろこぶやつ着ときたいでしょー?」


「そりゃ、まぁ。……じゃあ選んでもらっちゃおうかな?」


 小悪魔な笑顔をよこして、ヨリコちゃんは物色していた水着をハンガーに戻した。


 まじかよ。

 文句言われても責任とれないぞ。


 そういえば俺は前に休憩室で、ヨリコちゃんに水着を買ってやると口走らなかったか?


「わかった。俺が選んでみよう」


「おーし、えっぐいのえらべよー? ちょい動いたらすぐおっぱいポロンするようなやつー」


「痴女じゃん! 着るのあたしなんだけどっ」


 いまさら引き止めたってもう遅い。


 俺はつねづね、有言実行な男でありたいと思っている。 

 ようするに、男が好きそうな下品でえろえろな水着選べばいいんだろ?


 得意分野だ。

 買ってやるよ、ヨリコちゃんに男が群がるようなドスケベ水着をな!


「行ってくる!」


「ソースケさんかっけー!」


「ちょ、あんま大きな声だすと目立つからっ」


 外見だけは完璧にかわいいふたりの声援を受け、売り場の奥へと駆け込んだ。


「店内を走らないでいただけますか?」


「あ、はい、すみません」


 すれ違う店員さんに頭を下げ、あらためて水着を選定する。


 男が好きな水着なんて決まってる。

 布面積が小さければ小さいほど、男は興奮するものだ。


 思いのほか熱中して探していると、どうやら近くにいるらしいヨリコちゃんとマオの会話が聞こえてくる。


「アイツどんなん選ぶかなー?」


「ソウスケくんってわりとえっちじゃん? なんか……ヒモみたいの選びそう」


「あっはは! ありえるー」


 不安げなヨリコちゃんと、マオのげらげら笑う声を聞きながら、俺はヒモみたいな水着をハンガーにそっとかけ直した。


 なんなんだよ!

 おまえらが選べっつったんだろ!


 まあ、でもこっちの水着でも十分過激か?

 いや……待てよ。


 ヨリコちゃんは、男というか彼氏が喜ぶような水着を望んでるんだよな。

 ということは、いずれケンジくんの前でこれを着る、と。


「…………」




 売り場の前で、紙袋を抱えたヨリコちゃんがにこにこ笑っている。

 ただひとり、マオだけがふくれっ面をして。


「ハァー……。ソウスケー? キミには心底ガッカリしたよー」


「えーかわいいじゃん! マジでありがとね、ソウスケくん!」


 結局は無難でスポーティーなビキニを選んだ。

 何かしらの葛藤に負けた俺を、どうぞ嘲笑ってくれ。


 ヨリコちゃんが喜んでるなら、まあいいか。


 お金を出そうとしたんだけど、決して譲ってくれなかったのが唯一俺の不満だった。


「あの、やっぱせめて小物でも買うよ」


「だからいいってば! あんな約束、真に受けなくたってあたしはべつに――」


「まーま、青柳ー? かわいい後輩が男みせようとしてんだからさー。できる女としちゃ、ここは受け取らなきゃなー?」


 そんなマオの言葉にあと押しされて、俺は売り場を振り返った。


「よし、行ってくる!」


「あ、ちょっ、どこ行く気!?」


 水着売り場を横目に走り抜け、俺が目指すのはゴスロリ系ファッションの店だ。


 じつは目星をつけていた。

 あそこなら、あそこならきっと最高のアイテムがあると。




「……はあーっ、はあーっ、はあー……こ、これ、プレゼント」


「あ、ありがと。なんか、めっちゃ走ってたね?」


 肩で息をする俺の頭を、まるで犬にでもするようにマオが撫でてきて。


「よーしよしよし――うぎゃ、めちゃくちゃ汗かいてるー!」


 おい、俺の服で拭くな。

 マオだって俺んち来たとき汗だくだっただろ。


「……ソウスケくん、開けてい?」


「ど、どうぞ」


 宝物を開けるかのごとく繊細な手つきで、ヨリコちゃんは小さな紙袋を開けた。


 中から、伸縮性のある輪っかを掴み出す。


「ん……シュシュ?」


「いや! それガーターリングつってさ! あ、そういうフリルとかリボンとか装飾多いやつはキャットガーターていうんだけど! わかんない? ほら、太ももに巻くベルトみたいな!? あれほんとヤバいよね! 太ももとかそのままでも魅力的なのにさ、それ巻くことによってギュッと濃縮された色気が何倍も――」


 ハッと我に返ると、ヨリコちゃんもマオもどん引いた表情で俺から距離をとっていた。


「てっきりサングラスとか買ってくるもんかと……ソウスケすげーな……」


「……大事に、するね……」


 太ももを何とかして隠そうと、手で必死にスカートを伸ばすヨリコちゃん。

 警戒心マックスの行動だ。


 俺は、自分の趣味を封印しようと心に決めた。



◇◇◇



 夜も深いのに、悶々とする。

 学習机に向かうものの、勉強が手につかない。


 これまで自覚していなかったけど、どうやら俺はヨリコちゃんの前で何か失敗したりすると、通常より大きなダメージを受けるらしい。


 なぜだ?

 いつからこうなった?


 この心境をだれかに相談したくて、ふと思い立った俺はボイスチェンジャーアプリを起動した。

 スマホに登録してある【NTRヨリコ】をタップする。


 長いこと待ったのち。


『――……なに?』


「はあ、はあ、よ、ヨリコちゃん、聞いてる? 今ナンパした女子大生とラブホいるんだけどさ、はあ、はあ、この女子大生、まじ淫乱で――」


『――きっしょッ!!』


 通話を切られた。


 なんでだよ!

 いつもやられてることちょっと返しただけだろ!


 さんざん相談乗っただろくそっ!

 こんなことなら意趣返しなんかせず、素直に話聞いてもらえばよかった……!


 絶望感でいっぱいだった。

 机に突っ伏していると、スマホがポコンとメッセージを受信する。

 メッセージは【バイトヨリコ】ちゃんからだ。


“急にごめんね”

“ちょっといま、イヤなことあって”

“起きてる?”


 嫌なことについては触れず“起きてるよ”と返した。


“海たのしみ”

“プレゼント”

“さっきつけてみたんだけど”

“けっこうカワイイかも?”

“ありがとね!”


「どう、いたしまして」


 ひとりつぶやいて、メッセージでは“つけた画像みせて”と送る。


“だーめ”

“海でつけるから”

“そのときね?”


 ヨリコちゃんによって受けた傷が、ヨリコちゃんによって癒されていく。


 頭がおかしくなりそうな夜だったけど、まだ眠りたくなくて。

 ヨリコちゃんが寝落ちしてしまうまで、俺は延々とメッセージを作成し続けた。

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