第14話 そうだ青春忘れてた

 快晴に浮かぶ太陽が、じりじりと肌を焼く。

 皮膚の表面にとどまる玉の汗が、沸騰してさらなる熱をもったような錯覚におちいる。


 蝉はどうしてこうもタフなんだろう。

 太陽の熱に負けるのではない。

 自らの命を振り絞って鳴き、燃え尽きるのだ。


 格好いいぜ。


 俺はフラフラと死にそうになりながら、駅前の横断歩道を渡った。


「おっせーよソウスケー!」


 南国産のでかい木の陰から、金髪のギャルが手を招いている。


 ギャルに恥じない、肩の広く露出したミニ丈のワンピース。

 太ももから足首までの見事な脚線が、色っぽく見るものを魅了する。


「――だけどセクシーなだけじゃなく、腰のベルトに付いた大きなリボンがかわいいのアクセントになっている」


「呼んでんのに何ファッションチェックしてんだおらー!」


「ぅがっ!?」


 マオに真正面から体当たりされ、そのままムギュウと抱きつかれてサバ折りへと移行される。


 柔らかくて、暑っ苦しくて、天国と地獄の感情が交互に襲ってきて意識が遠のく。


「ちが……っ、頭ぼーっとして、思ったことつい口に出ただけで……!」


「なんだとー? こい青柳ー! おらソウスケ、青柳の服にも感想のべよー!」


「よ、ヨリコちゃんの服……っ?」


「え? なに、え!?」


 マオの暴走を止めようと、しかし割って入ることも出来ずヨリコちゃんはおろおろしていた。


「そ、そとに緩くカールしたボブカットは今日もかわいいし、レースのブラウスも清楚でありながら、透け感がドキッとしてかわいい、で、デニムスカートってのがまた、かわいくてよく似合ってる。あ、あとキャップでボーイッシュさがプラスされて、これまたかわいいね……!」


「てんめーわたしんときより詳細に語ってんじゃねー! かわいいかわいい連呼しすぎなんだよどこのコメンテーターだおらー!」


「あががががが!?」


「ま、マジでいろんな意味で恥ずいんだけどっ! みんな見てるじゃんもうやめなよっ!」


 背骨がみしみし悲鳴をあげた直後、マオの腕からフッと力が抜けて解放される。


「みんな見てる……? 上等じゃん……ハァ、ハァ、ソウスケー。ここでべろちゅう♡ しよっかー?」


「べ、べろちゅう……?」


 甘美な響き。

 けれど悪魔の囁き。


 うっとり上気したマオの顔が、蜃気楼のようにぐんにゃりと歪む。


「そ。濃厚なやつなー? ハァ、ハァ、注目してる男どもにー、ハァ、ハァ、プチ寝取られ気分を味わわせてやるんだよぉ……!」


「て、テロだろそれは!」


「いいかげんにしろッ! あんたら頭おかしいんじゃないのッ!?」


 実際おかしかった。

 俺もマオもどうやら熱中症の一歩手前だったようで、ヨリコちゃんから強引にペットボトルの水1本をぶち込まれる。


 予定の電車をやり過ごし、涼しいネットカフェで一時間ほど横になってようやく回復した。




 そして電車の中。


 向かい合わせのシートに座って、ヨリコちゃんの手からカードを引く。

 くそ、残り3枚から減らない。


「……あんたらさぁ、駅でのこと。反省の言葉とか、そういうのないわけ?」


 スティック状の菓子をくわえたマオは、何食わぬ顔で俺の手からカードを引く。

 引いたのはジョーカーだったんだけど、意外にもマオはポーカーフェイスをつらぬいている。


「駅ー? なんかあったっけ、ソウスケー?」


 マオの手からカードを取ったヨリコちゃんの顔が、あきらかに引きつった。


 怒りのせいかもしれない。


「えと……俺もよく覚えてないな」


「ふぅん? ソウスケくんもそういうこと言っちゃうんだ?」


 うっすらと見下すようなヨリコちゃんの瞳。

 めっちゃ怖い。


「い、いや、その」


 しどろもどろする俺の眼前に、ヨリコちゃんがカードを突きつける。


「左端。ソウスケくん、安全なのは左端だよ?」


「え?」


「信じてくれるよね? あたしのこと、あんなにかわいい、かわいいって言ってくれたんだし。ね?」


 うってかわってヨリコちゃんは満面の笑みだ。

 よけい怖い。


「あたしを……信じてくれないの……?」


「……く……っ!」


 もはや選択肢なんて存在しないようなもので、ヨリコちゃんの手から左端のカードを引き抜く。


 舞い戻ってきたジョーカーは、結局それから俺の手を離れることがなかった。


「やたー! ソウスケくん、よっわ♡」


「ざーこざーこ♡ ソウスケはざーこ♡」


 罵られてる手前くやしがる振りはしたものの、ぜんぜんイヤな気分にならない。

 JKの先輩から罵られる権利とか高値で落札されそう。


 トランプをしまって、他愛もない雑談に興じていたときヨリコちゃんのスマホがメッセージを受信した。


 ケンジくんかな……。


 まるで、俺の心の声に答えるかのように。


風太ふうた、弟。ごめん、ちょっと」


 ショルダーバッグから携帯ゲーム機を取り出して、電源をオンにするヨリコちゃん。


「へぇ、ヨリコちゃんゲームすんの? なんか意外だな」


「あたしが遊んでやんないとさぁ、こいつ友達いないんだよね」


 身を乗り出して覗き込むと、俺も何度かやったことのあるゲームだ。


「それ、協力プレイおもしろいよね」


「え!? ソウスケくんやったことあんの!? ちょ、おしえておしえて! あたしこういう系ぜんぜんダメで――」


 ヨリコちゃんがいそいそと俺のとなりへ移動してくる。

 ゲーム機を渡されるときに腕が触れ、それから、ずっと密着したまま俺がプレイする様子を眺めている。


 フウタくん。

 会ったこともないけど、お礼がしたくてたまらない。


 この角度からヨリコちゃんを見ることなんてまずなくて。

 うなじや横顔をさんざんチラ見したのち、ふと気になって向かい側に視線を移す。


「あぁ~……わたしのソウスケがぁ……青柳に寝取られて……ハァ、ハァ……」


 マオは恍惚としていた。

 放っといてもよさそうだ。


 だいたい寝てないだろ。

 寝取られ寝取られ広義に使いすぎなんだよ。


「……あは。“腕をあげたな姉ちゃん”だってさ。馬鹿め影武者だ」


 スマホのメッセージに微笑むヨリコちゃんは、まじでかわいかった。


「――おー……はいゲームしゅーりょー。海きたよ海ー!」


 マオの言葉に車窓から外を見る。


 視界いっぱいに広がる水平線が、太陽を照り返して青く輝いていた。

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