第15話 最強彼氏の片鱗

 砂を踏む感触が楽しかったのも、最初だけだった。


「はあ、はあ、はあ……」


 浜辺にパラソルを設置して、敷いたシートに座り込む。

 素肌に羽織っただけのコットンシャツが、さっそく汗に濡れていくのがわかる。


 炎天下の作業はしんどい。

 そもそも俺だけ荷物多すぎなんだよ。

 熱中症で頭おかしくなったのも、これが原因じゃないのか?


 マオはもとから頭おかしいし。


 海の匂いがする風を深く吸い込み、口から吐き出した。

 砂浜に寄せる波とたわむれる人々を見渡す。


 しかし、なんだ。

 リア充のカップルばかりかと思ってたけど、意外と女子だけなんてグループも多いな。


 悪くない。

 暑いことは暑いけど、潮騒と女の子のはしゃぐ声は耳にやさしい。

 海なんて本当に久しぶりだし、あとでひと泳ぎするのが楽しみになってきた。


「それにしても……遅いな」


 海辺の監視をつづける。

 男だけの集団もいるにはいるが、いかにもナンパ目当てといった風情の者も目立つ。


 あ。ほら今もふたり組のチャラ男が女の子に声かけて――……あっけなく玉砕したようだ。

 マオならよだれ垂らして付いていきそうなところが恐ろしい。


 まあ、さすがにヨリコちゃんや俺もいる中で、ナンパに乗ったりしないと信じたいが。


 出会いのひとつとして、別にいけないことじゃないよな……ナンパ。

 気軽に声かけられるなんて羨ましく思う。


 行動しなきゃ何もはじまらないわけだし。

 俺もこの夏休み、まさか女の子ふたりと海に来れるなんて思いもしなかった。


 それもこれも、行き当たりばったりとはいえ夏休み初日にショッピングモールへ出かけたからだ。

 あれがなければ、こんな未来はなかったと断言できる。


「……出会いか」


 ……ヨリコちゃんはケンジくんと、どんな出会いしたのかな。


 いつごろ出会って……。


 どうやって付き合って。

 それから――


「なーにたそがれてんのー?」


 背後からかけられた声に、待たされ過ぎた件の文句をひとつでも言ってやろうと振り向く。


 ひざに手をついて前かがみに、ニッと歯をみせて笑うマオ。

 予想通りの人物なのに、焼けた肌と白いビキニのコントラストがあまりに鮮烈で言葉をなくす。


「……たった?」


「たつかッ!」


 即座に否定したものの、前かがみによって作り出された谷間は暴力的だ。

 いつか写真でみた水着なのに、中身があるとこんなにも違う。


「待たせてごめんねソウスケくん? ジュース買ってきたから!」


 差し出されたペットボトル。

 それを握る白い手を、視線で上にたどっていく。


 首をかしげるヨリコちゃんのポーズに、どうしてか心臓が跳ねあがった。

 ヤバい、なんかしらんが顔が熱い。


 だって俺が選んだ水着きて、チラッとみえた太ももにはちゃんとガーターリング付けてくれて。


 あーだめだ。

 もっと心ん中でえろえろに解説してやろうと思ってたのに!


「あの……ソウスケくん。今日はその、べつに見てもいいよ? こういうのって見せるために付けるもんだし……ちょい恥ずいけど」


「あーむりむり。青柳ー、ソウスケは今さー? 男の子の生殖本能が刺激されてっから、まともに立つこともできんのだよー。そう、たってるから立てない! な?」


 もうこいつ最低!


「俺泳いでくるっ!」


 まともに直視できなかったのも確かで、俺は波打ち際めがけてダッシュした。


 無我夢中で泳いで、そのあとはヨリコちゃんやマオと合流して、普通にバシャバシャ水をかけあったりして遊んだ。

 なんの変哲もない水遊び。


 これがびっくりするくらい楽しかった!


 なんでかな不思議!


 ふたりの水着の刺激にも慣れて、昼には浜辺の屋台で焼きそばとかき氷食べて。

 特筆すべきイベントも無さすぎて、ギャルゲーならスチルも用意されるかあやしい海での1日。


 これがガッツリ記憶として脳に刻まれた!


 夏休み最高!


 俺はこの日を生涯忘れないだろう。


 太陽もかたむいてきて、そろそろ帰る頃合いかな、なんてもの悲しく思っていたとき。


 フロートタイプの浮き輪に乗って波間をただよう俺のもとへ、マオがスイーッと音もなく近づいてくる。

 ヨリコちゃんは、パラソルの下で荷物を片付けはじめているようだ。


「ねーねー? ソウスケに提案があんだけどさー」


「どした? 浮き輪つかう?」


「青柳のこと寝取っちゃいなよ」


 バランスを崩して海へ落水してしまい、海水をしこたま飲んだ。

 あわてて水面から顔を出し、口と鼻から海水を噴出する。


「げえっほ! げほっ! げほっ! ぇげっ……」


「青柳のこと、寝取っちゃいなよ」


「なんで2回言うんだよ!? 状況みろよっ! 死にかけてんだぞ!?」


「だって大事なことじゃん。好きなんでしょー?」


 けろっとした顔で言うマオに、ため息を返した。


「んなわけないだろ。彼氏持ちってだけで対象外だよ」


「かわいいかわいい言ってたくせにー?」


「かわいいからって好きになるかよ。だいたいかわいいってだけなら――」


「んー?」


 マオだってかわいい。

 中身がまともならぜひお付き合い願いたい。


 だけどやっぱり対象外なのだ。

 偉そうな物言いになっちゃうけど……。


「あーあヘタれだなソウスケはー。天晶あまあきより応援してやんのになー」


「天晶ってたしか、ヨリコちゃんの彼氏の――」


 ケンジくんの名字がそうだったはず。

 いつかのバイト帰り、ヨリコちゃんから聞いた覚えがある。


「わたし、あいつ苦手なんだよねー」


 誰とでも仲良くしてそうなマオにしては、めずらしい発言だと思った。


「へえ……どんなひと? ケンジくん」


「やっぱ気にしてんじゃーん?」


「ちが――っ、ただ聞いただけだろ!?」


 マオは目線を空に、人差し指で唇をとんとん叩きながら。


「そうだなーひと言でいえば……完璧?」


 完璧?

 なんだそれ、妙に鼻につく形容だ。


 それこそ鼻で笑う。


「……ハッ。完璧な人間なんてこの世に――」


完璧じゃない・・・・・・とこも含めて・・・・・・、完璧なんだよ――あいつ」


 やれやれと首を振りつつも、マオの声音は真剣そのものだった。


 相手がマオだからこそ、冗談めかさずにそんなこと言われると、俺はなんて返していいのかわからなくて。


「天晶といると光堕ちしちゃいそーでさー? わたしはソウスケみたいにー、いっしょにドロドロどこまでも堕ちてくれそな男の方がー……」


「いつどこで俺にそんなイメージついたんだよ!」


 聞くまでもなく俺んちでの妊娠報告のときか。

 やっぱり全部ヨリコちゃんのせいだな。


 俺は軽く、マオのおでこにチョップする。


「帰ろっか。体も冷えてきたし」


 ケンジくんがどんな人物だろうと、俺にはまるで関係ない話だ。


 今の話で目が覚めた。

 最近の俺は、ヨリコちゃんにマウント取られすぎな気がする。


 ちょっと俺より歳上だからって舐めるなよ。

 いつまでもデレデレするだけの俺じゃない。


「あーやっと戻ってきた! だいたいの荷物はまとめたから。ほらマオ、その浮き輪もつぶすよ?」


「青柳ー、ほいパース」


 水着の上からTシャツを着たヨリコちゃんは、下には何も履いてない部屋着スタイルにも見える。


 だけどその太ももには、まだガーターリングが装着されたままで、俺は。


 彼氏持ちの女の子に、なんか俺という存在をマーキングしてるみたいな――そんな倒錯したキモい思いにとらわれてしまった。


「……ソウスケくんさぁ。えろい顔しすぎ。スケベオヤジの目じゃんそれ」


 その通りで言葉もない。


 でも見せるために付けたから今日は見ていいって言ったよね!? 言っただろ! くそっ!


 海で最後に眺めた夕日は、とても目にしみた。

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