第11話 寝取られ報告詐欺ですか
『――大学生に、ナンパされちゃってね? ら、ラブホでしてるんだけど、あー、そこはだめー』
台所にいって麦茶を飲んで、また戻ってきた。
ヨリコちゃんはまだあんあんやっている。
これはなんだ?
演技というにはあまりに棒だし、シチュエーションもワンパターン。
いいかげん、大学生に対する風評被害だろ。
背後ではリリック系のヒップホップがゆるく流れているし、まあこれは大学生の趣味かもと擁護できなくはないけど。
何か高度なことをやろうとして失敗してるのか?
とにかくすべてが雑すぎる。
『――あん、ね、ねえ聞いてるケンジくん、ケンジくんってば、ケンジくーん?』
ケンジくんケンジくんうるせえ。
……でもやっぱり妙だ。
スマホの番号、これ自分のスマホじゃないのか?
見つかったのか機種変したのかはわからないが。
だとすると、彼氏であるケンジくんの番号なんて絶対に登録してるはずで、間違い電話なんてするわけがない。
『――おーい……返事、してよ。やん、だめ……へ、返事しろってば』
もしかして、
「…………」
しかたない。
ヨリコちゃんの真意をたしかめるためにも、俺は机の引き出しからパーティグッズのヘリウムガスを取り出した。
寝取られヨリコちゃんとバイトヨリコちゃんが同一人物だとわかったときから、こんなこともあろうかと密かに購入していたのだ。
俺は身バレするわけにいかないからな。
ひっぱたかれちゃうし。
ヘリウムガスを吸い込んで、小さく発声する。
あ……あ――あ゛……よし。
『――ねぇ、もしもーし』
「こんばんはヨリコちゃん」
『――マジでだれ!?』
「君にはこれから寝取られゲームに参加してもらう」
『ホラーの黒幕みたいなこといわないで!』
テンポのいい返しに満足して、ひとり頷く。
いや、そんなことはどうでもいい。
「まあ、声は気にしないでくれ」
『――なんでわざわざ』
「それより、なんか用があるんだろ?」
『――あ……あれぇ? ケンジくんじゃない? ま、またあたし番号間違えて――』
「やめてやめて。共感性羞恥というか、聞いてる俺がいたたまれなくなる。今回のはさすがに無理があるぞ」
『――…………』
黙りこくっていたヨリコちゃんが、ようやく本題を口にする。
『――あんたさぁ、前にたしかあたしの2個下って言ってたよね』
「言ったような気もするけど、よく覚えてるな」
『――歳もいっしょだし……その、こんなこと、話せるひとがいなくて……』
「え? まさか俺に相談事? ヨリコちゃんが!? どのツラさげて!?」
『――あたしだってわかってるっ! だ、だけどほんとに、ちょっともう、どうしたらいいか』
昼間、バイトのときも変だったもんな。
深刻な顔してたし。
顔も知らない他人の方が、話しやすいこともあるかもしれない。
「じゃあ、聞くだけ聞こうか」
『――……うん。言いたくないけど……ありがと』
「切っていい?」
『――だっ、だめ! 言ったじゃんありがとうって! お礼言ったんだからちゃんと聞いて!』
むちゃくちゃだなぁ。
まあいい。
無言で続きをうながすと、ヨリコちゃんがぽつりと語る。
『――……あのね? 最近さ、あんたと同い歳のバイトの男の子が入ってきたんだけど……』
「うん……?」
雲行きが変わった。
ともかく続きを聞こう。
『――けっこう仲良くしてて、話してても楽しいし、あたしも弟が増えたみたいに思ってたんだけど……』
ふーん。
ふぅん……。
弟、かぁ……まあ悪い印象ではないよな。
『――その子、あたしに彼氏いることも知っててさ……なのに』
「……なのに?」
『――あたしのこと寝取ろうとしてるみたいで』
「してねえよっ!!」
『――え!? び、びっくりした!』
びっくりしたのはこっちだわ!
いつ? 俺が? ヨリコちゃんを寝取ろうとしたんだよ!?
説明しろ!
『――で、でもなんかやたら、寝取られとか話題ふってくるし? そんなことに抵抗ない、みたいな態度してたし』
あれか~~~~!
いやでも、普通そんな発想に飛躍する?
あ~~そうか自意識過剰なヨリコちゃんだもんな~~~~!
「そ、それはちょっと考えすぎじゃない?」
『――それだけじゃなくて、いつもその、あ、あたしの……足? めっちゃ、見てくるし……多少は、男の子だから、しょうがないとは思うんだけど』
あ~~~~言い訳できね~~~~!
足好き~~~~!
『――この前は、休憩時間にせまられて、壁ドンしてきて、き、キスされそうになったり?』
あれそんな近かった~~~~!?
目測誤ったな~~~~!
『――せっかくできた彼女とも、すぐ別れちゃったみたいで……なのに仲良く海いくみたいな話してて』
それは勘弁して~~~~!
付き合うのは無理でも遊びたいんだよ~~~~!
……ヤバい、落ち着け。
自分のこれまでの行動がすべて返ってきてる。
悪い方に。
「も、もう一度よく考えてみたら? 俺はその男子が深い意味をもって行動してるとは思えないかな」
『――じゃあ、あんたはさぁ、たとえばめっちゃ好きな人に彼氏がいたとして……簡単にあきらめられるの?』
なんか、俺がめっちゃヨリコちゃんを好きな前提で話すすめてないか?
腑に落ちないんだけど。
でも……。
「それは、あきらめる他ないだろ。ヨリコちゃんは――その人は、彼氏と別れるつもりないんだろ?」
『――ないよ。好きだもん。めちゃくちゃ好きだから、絶対に別れない』
「……だろ?」
あれ、なんか……ダメージ入った?
いや気のせい気のせい。
「とにかくさ、よくそのバイト男子と話してみることだよ! 俺が思うに、その男子は誤解されがちだけどめっちゃいいやつで、話せばわかるやつな気がするなぁ!」
『――そう、だよね。誤解かもしれないもんね』
「そうそう! 言葉をかわさないと気持ちなんて伝わらないし、きっと誤解だって!」
『――……なんか、思ったより……ちゃんと相談のってくれんじゃん……ありがと』
「困ったときはお互いさまだろ? い、いいってことよ!」
なんせ自分の現状に直結するからな。
ヨリコちゃんには早いとこ考えをあらためてもらわないと。
それよりも、吸い続けていたヘリウムガスの残量が心もとない。
「じゃあそろそろこれで! またなんかあったら気楽に相談してくるといいよ」
『――え……いいの……?』
いいわけねえだろ!
社交辞令ってのがあるだろ世の中には!
最後のヘリウムガスを肺に入れる。
「もちろん! またねヨリコちゃん!」
『――う、うん……また』
通話を終了した。
俺はぜえぜえ息を吐き出しながら、ヘリウムガスの缶を机に置いた。
せめてヨリコちゃんの誤解がとけるまでは、紳士に振る舞おう。
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