第10話 わかりあえず
連日の猛暑のなか、大型ショッピングモールは涼やかな空気に包まれている。
いい空調設備だ。
もはや自宅とショッピングモールの往復しかしていない俺は、王の帰還のごとく堂々とモール中央を肩で風を切って歩く。
下々のもの達に手を振りたい気分だが、まずはいつものルーティン。
フードコートにてアイスコーヒーをたしなむ。
冷えた苦みが全身の熱をやわらげ、心に安らぎをもたらしてくれた。
楽しげな喧騒をゆったり見渡していると、トレイを抱えたヨリコちゃんが視界にうつり込む。
昨晩のメッセージは、きっと寝落ちとかしちゃったんだろうという結論に至っていた。
だから、ごく気軽に手をあげる。
「ヨリコちゃん、こっちこっち」
ヨリコちゃんがビクッと肩を震わせて、こっちを見る。
立ち止まって、うつむいて。
さんざんに迷いをみせた挙げ句、ようやく1歩を踏み出した。
牛歩戦術か?
「ここ、空いてるよ?」
「あ、うん」
そしてヨリコちゃんは、俺の対面ではなくとなりのテーブルに腰かける。
……あれ?
あきらかに避けられてる。
思いあたるふしは、寝取られについてたずねたメッセージしかないけども。
演技とはいえ寝取られ報告なんかしてたヨリコちゃんだ。
それなりにダメージが入ったのかもしれない。
「ヨリコちゃんあのさ、夕べのメッセージだけど――」
「ソウスケくんは、どう思うの?」
食い気味に言葉をかぶせてきたヨリコちゃんは、俺とは目を合わせず視線はひざに置いている。
かすかにヨリコちゃんのくちびるが開く。
「よくわかんないけど、寝取られ? について」
わかんないことはないだろうが、ここはまじめに答えておこう。
俺には理解できないけど――と、心の中で前置きしたうえで。
「第3者に迷惑かける行為の議論はまた別として、性癖自体は否定されるもんでもないんじゃない? 多様性が認められた時代とかっていうし」
マオのような人間もいることだしな。
それに多かれ少なかれ、人は他人に理解されがたい倒錯した性癖を持っているものだと思う。
俺は胸より尻、尻よりも足が好きだ。
下へ向かうほどいい。
重力という枷に耐えながら、大地に根を張って伸びやかに体を支える足は、宗教画的な美しさをたたえている。
涙がでてくる。
ショートパンツから放り出されたヨリコちゃんの足も、健康的な色気といった風情でとてもよいものだった。
「……だめ」
さりげなくトレイで太ももを隠され、ショックを受ける。
そんなバレバレだったかな。
自制しないと。
「と、とにかく。無理矢理は論外として、双方合意のうえならただの浮気でしょ、それは」
しかし取られた方に感情移入しちゃう俺は、やっぱ寝取られ報告なんてもの個人的にナシだわ。
まあ“寝取らせ”なんていう、さらに高度な変態の話はわからない。
マオさんに聞いてください。
「じゃ、じゃあソウスケくんは、彼氏持ちの女子でもその、寝取っちゃっていいと思うの?」
「いやだから、いいも悪いもないでしょ。その場合、誘ったのが男なら乗ったのは女だろ。彼氏にとっちゃ最悪だろうけど、浮気したふたりは――」
「あ、あたしはそんな簡単じゃないから!」
あたし?
何いってんだこいつ。
ひとり怒ったようなヨリコちゃんのうしろから、マオが鼻歌らしきものを口ずさんでやってくる。
「ねっとりねっとられたのし――おっ、ソウスケー!」
「なあそれオリジナルソング? まじでやめた方がいいよ」
「ネットリと寝取りのダブルミーニングになっててねー?」
「解説は聞いてねえ!」
俺の対面に座って、さっそく海の日程を詰めはじめるマオ。
じつは楽しみにしてる俺も、積極的に日取りや場所の提案をしていると。
「……ごめん。あたし先いくね」
どこか思いつめた顔で、ヨリコちゃんは席を離れていってしまう。
マオと無言で視線を交わす。
「…………てめー
「どんな発想してんだよっ!」
バイト中もヨリコちゃんの表情が晴れることはなかった。
その日の夜。
自室でくつろいでいると、ふいにスマホの着信が鳴り響く。
未登録の番号だったけど、とりあえず出てスピーカーに切り替えた。
ちなみにヨリコちゃんの弟は妊娠報告のあとに登録したので、これはほんとに知らない番号だ。
『――……あ、あーん、そ、そんなとこだめだよぉ、きこえてる? け、ケンジくぅん』
「…………」
ヨリコちゃんだった。
ガチで何を考えてんだよ、こいつは。
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