第9話 既読スルーの恐怖
反省した。
ヨリコちゃんの正体を暴くことに夢中となり、醜態をさらした己を恥じていた。
だから反省の意思をこめて、学習机に向かい勉強していた。
本音を言えば、夏休みの宿題をとっとと終わらせてしまいたい。
「現代社会の作文か……」
漠然としていて難しいな。
こういうときは自分を中心として考えを巡らせればいい。
現代社会に生きる俺。
俺の周囲で最近の出来事。
「……寝取られ、か」
テーマは決まったな。
寝取られは倒錯した快楽をもたらし、同時に人間らしい心を奪う。
競争することをやめ、敗北を受け入れることによって性愛を享受するのだ。
しかしそのテの耐性がないものにとっては、ただただ不快が続くだけである。
だれが読むんだよこんなの。
ふざけんなよ。
作文用紙に消しゴムをかける。
「あ~あ……女子と遊びたいなぁ……」
椅子にもたれかかって背を伸ばしていると、机に置いたスマホがポコンとメッセージの受信を知らせた。
“ソウスケー”
“うみ”
“海いかない?”
メッセージはマオからだ。
女子から海に誘われるとか最高だけど、相手がマオというのが引っかかる。
「ええと“ふたりで?”……っと」
“そう”
“イヤ?”
別にイヤなわけじゃない。
でも悩む。
即答できないのは、先日のぶっ壊れたマオの姿が思い出されるからだ。
“水着買った”
“みたいー?”
みたい。
けど“ダブルピースを先に”と。
“もう消したー”
“ほい”
マオが添付してきた画像は、フローリングに上下セットで並べた布面積の少ない白ビキニだった。
本音と同時にメッセージを打つ。
「“せめて着てくれよ”」
“ソウスケ”
“わかってなーい”
“大事なのは想像”
「想像……?」
“想像してみ?”
“これ着たわたしと”
“海でふたりきり”
想像か。
マオは変態なところをのぞけば、顔もかなりかわいいし、体つきもえろい。
あのほんのり焼けた肌がいいんだよな。
夏の海。
キューティクルストレートの金髪に、日焼けした肌と白いビキニ。
浮かぶ汗。
尻の食い込みを直す指。
ばえる。
“パラソルでねころんでー”
“距離ちかくてー”
“イチャついてー”
“密着、したり?”
ああ……金髪ギャルとイチャつきたい。
密着したらヤバいだろ、いろいろ。
“オイルぬってー”
オイル。ぬ、ぬりたい。
“細マッチョにナンパされてー”
……ん?
“岩陰に連れ込まれたわたしが”
“ソウスケに電話するの♡”
「寝取られじゃねえかっ!“ふざけんなっ!”」
“えー?”
“興奮しない?”
しねえよ!
憤慨してスマホを机に投げた。
スマホがすぐに、ポコンとイカれ女のメッセージをよこす。
“こないだあげたゴム”
“まだもってるー?”
ふくらませて遊ぼうかとも思ったけど“持ってるよ”と。
“……つかっちゃおっか♡”
気づけば“海行くわ”とメッセージを返していた。
受信から3秒しかたってなかった。
“やたー”
“あしたバイト先いくねー”
「……ふぅ」
椅子の背もたれがギシリと鳴る。
すべては夏がいけない。
悶々と蒸された欲求に、童貞の高校生があらがえるわけがないんだ。
海か。
そういえば、ヨリコちゃんも彼氏と海いくとか言ってたな。
メッセージアプリのアドレス交換したことだし、昼間の件を謝っとくか。
「ええと“こんばんは、いま大丈夫ですか”」
しばらく待つと、アプリがヨリコちゃんのメッセージをポコンと受信する。
“どうしたの?”
“シフト変更?”
あくまで業務関連のやりとりだけに終始したいんだろうか。
人によっては異性とのプライベートなメッセージ交換も浮気判定出るだろうし。
ちゃんと彼氏のこと考えてるんだな。
「“昼間のことです。ちょっと暴走しちゃって、ごめんなさい”」
“ちょっと……?”
“あれホントにびっくりした”
“でも許したげる!”
“もうしないでね?”
“暴走”
ひとまずこれからのバイト、ギスらなくて済みそうでよかった。
「“ありがとう、ヨリコちゃん”」
“また名前……”
“いーよもうヨリコちゃんで”
“特別だからね?”
「…………」
本当にこれ、あのヨリコちゃんと同じ人物なんだろうか?
やさしすぎない?
同一人物だと判定をくだしたはずの確信が揺らぎ、試すようなメッセージを送ってしまう。
文面は“NTRってどう思う?”だ。
ヨリコちゃんからメッセージが返ってくるまで、結構な時間がかかる。
“……NTRって?”
知らないのか?
まあアルファベット表記だし。
「“寝取られのこと”っと」
“寝取られ?”
“わからない”
同一人物なら知らないはずがない。
シラを切ってるんだろうか。
「“彼氏がいるのに他の男と寝ること”“簡単に言えば浮気かな”」
“ふーん”
“なんでそんなこと聞くの?”
迷った末に“寝取られについてヨリコちゃんの意見が聞きたくて”とメッセージを送信した。
既読はすぐに付く。
それから待てど暮らせど、ヨリコちゃんからの返事はなかった。
これやっちゃったかな。と不安が尽きないまま、俺は眠れぬ夜を過ごすハメになった。
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