第49話 語り部ケンジくん

 獅子原麻央について、中学のときの印象は3年間ずっと変わらない。


“もの静かで、勉強のできるやつ”


 なにせ入学式が終わったあと、みんな新しい環境に戸惑って浮き足立つ教室で、たったひとり参考書広げて勉強してたよ。


 見た目も今とはぜんぜん違ったな。

 黒髪におさげでさ、制服も校則通りの寸法で。


 だれかに話しかけられれば応じるけど、基本はひとりで教室か図書室にこもってたはずだ。


 中1のときは、多分オレほとんど会話したことないんじゃないかな。

 で、2年のクラス替えでもいっしょになって。


「お、獅子原。また同じクラスだな」


「えと……天晶、だっけ」


「1年間いっしょでそこ自信なさそうに言うなよ……。まぁ。また1年よろしくな」


「ああ、うん」


 とくべつ仲が悪かったりだとか、そんなことは無かったよ。

 2年にあがってからは、ちょくちょく勉強教えてもらったりもしてたからな。

 人と話すのが嫌いって訳じゃなさそうだと思った。


 ただ、あまりプライベートなこと。

 たとえば家族だとか、休日は何してるだとか、そんな話はしたがらない。

 露骨に嫌な顔されて以来、オレも話を振ることはなくなった。


 修学旅行も同じ班でさ。

 このときばかりは獅子原も勉強やめて、興味深そうにルート回ってたの覚えてるよ。


 獅子原の楽しそうな印象っていうのは、唯一この2年生のときだけだな。


 そんで、3年になって。


「おう獅子原。まさか3年間いっしょとはな。最後の1年もよろしくな」


「……天晶か。よろしく」


「なんだよ。腐れ縁かもしれないけど、そんな露骨な態度を見せなくたっていいだろうに」


「そうじゃなくて……いや、いい。なんでも」


 2年までの獅子原とは明らかに様子が違ってた。

 普段からそっけない態度で、なんていうか、ダウナー? ぽい感じはあったんだけどさ。


 え? 依子? 言うほどダウナーかあいつ?

 つか彼氏の前で彼氏面してんなよ蒼介。


 ……話がそれたな。


 本格的に変わったのは夏休み明けの2学期かな。

 獅子原は学校に来なくなった。


 いや、まったく来なかったわけじゃない。

 それでも週に2、3回来れば良い方で、担任も家庭の事情としか言わなかった。

 クラスメイトもべつにいつも通り、獅子原を心から気にしてる奴なんて多分いなかった。


 オレはさぁ……悪い癖だとか、直した方がいいってよく言われるんだけど。

 なんかやっぱり、放っとけなくてな。


 でも教室じゃ避けられる。

 だから家まで行ってみたんだよ。

 借りてたもん返すとか適当なことでっち上げて、担任を説得して場所聞き出してさ。


 マンションだったんだけど、誰も出てこなかった。

 一応、昼と夜と2回顔出したんだけど。


 それで手詰まりだ。

 けど、帰りしなに街とか気にしながら歩いてたら偶然な、獅子原と会った。


「なんだ、こんなとこ出入りしてたのか。意外だな」


「天晶……なに?」


「なんか家であったのか? オレでよかったら相談乗るよ。途中で放り出さないし、最後まで付き合うぜ」


 タブーな話なのはわかってた。

 覚悟は固めたつもりだった。


 けどな、獅子原の拒絶は凄まじかったよ。


「……あんたに……おまえなんかには、ぜったいぜったいぜったい理解できない」


 憔悴した顔で、でも口ではへらへら笑ってて。


「天晶さぁ……優しくする相手、間違ってんよ」


 オレはそれ以上なにも言葉をかけられなかった。


 結局、獅子原とはそれっきりだ。

 高校で再会したときはあまりの変化に見違えたけどな。


 今の獅子原のことは、おまえの方が詳しいだろ? 蒼介。



◇◇◇



「――ま、そんな感じだよ。3年間いっしょでも接点なんてこれくらいだ」


 ケンジくんはコップをあおると、中の水を飲み干した。


「ふぅ。……で? なんで急に獅子原のことを? 依子から鞍替えしてくれるんなら全力で応援してやるぞ」


「気持ちがそんなポンポン制御できれば、苦労しないですよ」


「……それもそうか。じゃあ同盟の話は無しだな。撤退か白旗の準備でもしておけ」


 骨だけのサンマが乗った皿を横にずらし、頭を下げる。


「貴重な話、ありがとう。あとサンマめちゃくちゃうまかったです、ごちそうさまでした」


「おう。客としてなら歓迎してやる。また来いよ」


 席を立った俺へ、ケンジくんはサラサラとペンを走らせたメモ紙を渡してくる。

 店の名前らしきものと、簡単な地図だ。


「それ、獅子原と会った場所。行くんだろ? ま、あのときとは交友関係も違うだろうし、今もいるかはわかんねえけどな」


「……何で返せばいいですか?」


「依子をあきらめろ」


 ぐっ……さわやかに言い放ちやがって。

 でも、とりあえずもう一度頭を下げておく。


 ケンジくんはまじまじと俺を見て。


「おまえってさ……やっぱオレに――……。いや、獅子原の力になってやれよ。あのときオレが出来なかったことだ。今回の礼はそれでいい、オレもすっきりするしな」


 なにを言いかけたんだろうか。

 ケンジくんはすでに、テーブルを離れて仕事に戻ってしまった。


 レジで双葉さんに代金を支払って、お釣りを受け取る。


「よくわかんないけど、頑張ってね弓削くん!」


「はい、ごちそうさまでした!」


「あと敬語やめてね!」


「考えておきます!」


 店を出て、メモ紙に目を落とした。

 街の方か。

 とりあえず行くだけ行ってみよう。


 しかし……ふぅ。

 あんなのが恋敵とか、やってられないな!

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