第48話 いらっしゃいませだろ
10月。
テレビでは紅葉の名所が紹介され、眺めるスーパーのチラシでは俺の大好物のサンマが特売されている。
醤油。
大根おろし。
ぐぅ〜と腹が鳴った。
秋だな。
今月の末はハロウィンがあって、来月あたまには文化祭か。
こうしてイベントごとを確認していると、まるでギャルゲー主人公にでもなったかのような気分だ。
「……はぁ」
イベントやサンマに少し移り気したけれど、やっぱりマオのあのときの言葉が気になっている。
いつもの、ただの気まぐれな言葉だったんだろうか。
気にせず最近のライフワークである、ヨリコちゃんと仲を深めるための寝取られシナリオ書いとけばいいんだろうか。
そんなわけないよな。
様子がおかしかったのはあきらかだ。
これまでさんざん世話になっておいて、面倒事から目をそらすなんて絶対にしたくない。
スマホを手に取り、マオにコールする。
出ないか。
日曜だし遊びいってんのかな。
それとも逆ナン……?
そういや、マオがふだん何してるのかとか知らないな。
いっしょに海に行ったり、この前みたいに合宿行ったり、1日だけとはいえ付き合ったりもしたのに。
なのに俺、マオのことなんにも知らなかった。
「…………」
マオへのコールを中断し、別の連絡先をタップする。
『――え? マオのことが知りたい? ふぅん……なぁんだ、てっきりまたセクハラまがいのシナリオ読まされるのかと思った』
「せっかく期待してくれてたのに、ちがう用事でなんか悪いな、ヨリコちゃん」
『――あんな有害図書量産しといて、よくそんな自慢げにできるね? すごぉい』
秋になってもヨリコちゃんは手厳しい。
たまになんか甘えモードに入るあれ、隠しイベント的な攻略法あるなら公開してほしいんだが。
『――でもマオの話つっても、あたしだってちゃんと話すようになったの去年だし。そのころはもう、いまのマオと変わらなかったけどなぁ』
「そっか……」
ヨリコちゃんと仲良くなったのは高2からだと、前にマオも言ってたよな。
『――……あー……中学の3年間、マオと同じクラスだったってひとならいるけど。一応、ソウスケくんも知ってるひとで』
「まじで!? 誰それ教えて!」
中学からマオを知ってるなら、少なくともいまの俺よりは詳しい話が聞けそうだ。
もったいぶって長いこと溜めたあと、ヨリコちゃんのイタズラっ子な含み笑いが耳に届く。
『――あのね? それ、ケンジくん』
◇◇◇
自動ドアを通ったら、さっそく入り口のレジカウンターでからまれた。
タキシードみたいな制服を着た店員が、カウンターから身を乗り出すようにして俺を睨んでくる。
「よぉく来たな蒼介ぇ……ていうか、よくひとりでノコノコ来れたなぁ敵地によぉ」
「ここファミレスじゃないの? まずいらっしゃいませだろ」
「いらっしゃぁいませぇぇい……!」
「こ、こら賢司! おまえお客様になんて口のきき方を!」
奥のキッチンらしきドアから飛び出してきた親父さんを、ケンジくんは片手で制する。
「オヤジは黙っててくれ。オレは先日こいつに敵対宣言してんだよ。それなりの態度で迎えなきゃ格好つかねえだろうが」
どんな面子の保ち方だよ。
くそ。
相変わらず憎めない先輩で、そんなところがまじで憎らしい。
ただのイケメンだったり、ただのやさしいやつだったり、ただの金持ちだとか。
そんな相手だったら、俺も勝算が見出だせたかもしれないのに。
と、今日はそんな目的で来たんじゃなかった。
「あれー!? 弓削くんじゃない!? わあ久しぶりだね!」
「お久しぶりです双葉さん、夏休み以外もウェイトレスやってんですね」
「そりゃあもう、ヒルアの第2の実家みたいなもんだから! あ、お席案内するね?」
今日もポニーテールで元気一杯な双葉さんが、ミニスカートの制服でくるりと回転してみせる。
あざとく捲れあがったスカートに、店内の男性客が一斉に視線を奪われていた。
さすがというか、なんというか。
ヨリコちゃんにはぜったい真似できないバイタリティ持ってるよな。
「おお、弓削か。めずらしいな、ここに顔を出すなんて」
「あ、こんにちはユウナちゃん。アサネちゃんは……やっぱ寝てんのか」
店の一角では、参考書を広げるユウナちゃんと、その対面でテーブルに突っ伏すアサネちゃんがいる。
やっぱりみんなここにいるんだな。
彼女ができても、こうして店に足を運んでくれる美少女が複数いるとか。
前世でどんな徳積んだんだよケンジくん。
手を振るユウナちゃんに軽く頭を下げて、双葉さんに案内されたテーブルについた。
おしぼりと水を置いてくれた双葉さんが、なぜか俯いたまま声をしぼり出す。
「……あのさ、ひとつ聞いていい?」
「はい? なんですか?」
「なんでヒルアだけ名字で呼ぶの!? ヒルアにだけ敬語だし! なんでなんで!?」
「え、いや……とくに理由とかは……なんとなくとしか言えないんですけど」
「ヒルアが1番とっつきやすいでしょ!? ボウリングも遊んだ仲なのに!」
「はは。……なんかすみません」
「その笑顔と謝罪にもう壁を感じる!?」
だってなんか1番怖いんだもの。
ぐすっと涙目になった双葉さんと入れ替わる形で、ケンジくんがテーブルへとやってくる。
「ご注文は何になさいますか? お客様」
よかった、今度はまともな接客だ。
ちょうど昼時だし、せっかくだから何か食べていこうかな。
写真付きのメニューをパラパラと捲っていく。
「そうだな……ええと」
「オススメはハンバーグですお客様。オレが毎日毎日、丹精込めてこねてる手ごねのハンバーグなんですよ。大好評です」
「へえ、そうなんですね! サンマ定食ください」
「ハンバーグランチをおひとつでよろしいですか?」
「サンマ定食ください」
こちとら朝からサンマが食いたくて食いたくて仕方なかったんだ。
譲るわけにはいかない。
ケンジくんは電子メモをパタンと閉じて、胸のポケットにしまうと大きく息を吐いた。
「いい度胸してるよ、ホント。――オヤジー! サンマ定食1丁!」
厨房に向かって声を張りあげ、そのまま俺の対面に腰かけるケンジくん。
「客の目の前で堂々とサボんないでくださいよ」
「るせえ。今から休憩ってことにしたんだよ」
「それなら休憩室かどっかで――」
「わざわざこんなとこまで来たんだ、なんかオレに話があるんじゃないのか?」
何気ない口調で、首を回しながら。
どう話を切り出そうか悩んでいた俺の気苦労なんか簡単に汲み取って。
これだから出来る男ってのは憎らしい。
でも大事な友だちの事だから。
今回ばかりはその厚意に甘えることにした。
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