第47話 獅子原マオという闇の本質
お父さんは神社の宮司であり、この山の所有者でもあるとのこと。
ただ今はふもとの町の方に住んでいるため、こうしてマオたち都市伝説創作部が遊びにくるときだけスミカちゃんが対応してるらしい。
「いま中3ってことは、受験生か」
「はい! せんぱいたちと同じ高校行くつもりなので、来年からよろしくお願いします!」
「まーそんときゃもう、わたしらいねーけどな」
げらげらとマオひとりが笑っている。
なんとデリカシーのない女だろうか。
みんなでお茶と茶菓子をいただきながら、純和風な社務所とは思えないほど電子機器に囲まれた、2階の部屋を見回した。
さっきのドローンといい、カスタムっぽいデスクトップパソコンやオーディオ機器。
天井には映像プロジェクターも設置してある。
どことなく、フウタくんの部屋に近いかも。
「こういう感じの、好きなんだ?」
「あ、そうですね! 好きかもです!」
元気のいい、ハキハキとした返事。
好感が持てる。
続けて湧いてきた疑問を、今度はヨリコちゃんがたずねる。
「でもここには住んでないんでしょ?」
「たまに来るんですよ、なんか秘密基地みたいでよくないですか!? マオさんたちもちょくちょく遊びに来てくれますし!」
感性が男子に近いんだろうか。
秘密基地的な良さはよくわかる。
「いくら早乙女ちゃんが機械っ子少女でもさー? 入部がわたしらんとこってゆーのはこれ決定事項だからー」
「マオ、また勝手なこと――」
「もちろんです! マオさんと部活動できないのは残念ですけど、しっかりうちが伝統守っていきますので!」
「だってさソウスケー。さっそく来年の後輩ゲットできたねー」
いったいマオの何がスミカちゃんを惹きつけるのか。
いやまあ……本音を言えばいいやつだよな。
とくにここ最近は俺のこと応援してくれてる感がひしひしと伝わるし。
きっとスミカちゃんにとっても、後輩思いのいい先輩なんだろう。
「あの、みなさん今日は泊まりですよね? いま父からメッセージきて、何か買い物あるなら町まで車出してくれるそうなんですけど……」
スマホから目線を外し、スミカちゃんがみんなの顔をうかがう。
ここは率先して手をあげておこう。
「買い出しなら、俺いくよ」
「えらい! あとひとりかなー? ソウスケが選んでよーし」
選出していいと言われ、まず真っ先にヨリコちゃんを見る。
ヨリコちゃんは、みんなの欲しいものをスマホのメモにまとめてくれてるようだ。
……畳にうつ伏せで寝っ転がりながら。
これぜったい動く気ないやつじゃん。
ひとん家で遠慮なくくつろげちゃうタイプか?
半目で眠そうだし、ダウナー面出ちゃってるな。
アサネちゃん――はそもそもグーグー寝てるし、水無月さんは正座してその寝顔を忌々しく睨んでるし。
魚沼くんはふたりから距離を取るように、部屋の隅っこで呪術のお勉強真っ最中のご様子。
なんでこんな奴らしかいないんだよ。
どうなってんだまじで。
途方に暮れる俺を見かねたのか、スミカちゃんがおそるおそる口を開く。
「あの……うちは一応、家主というか、ここに残っとかないといけないので……」
だよな。
べつにスミカちゃんは悪くない。
「……マオ、行こうか」
「おー、見る目あるねー?」
単純な消去法だった。
◇◇◇
スミカちゃんのお父さんに礼を言って車を降り、マオとふたりでスーパーだかコンビニだかよくわからない店舗に入店する。
俺が買い物かごを持って、ヨリコちゃんが送ってくれたメモを見ながら商品を物色する。
と、マオがまるで悪友のノリで肩からぶつかってくると、俺の首に腕を回した。
「んでー? 青柳とはどうなんよ?」
「どうって、べつに」
流してもいいような話題だったけど、さっきも考えたことだ。
ちょっと行動が突飛だったりしても、基本的に俺の味方でいてくれるのがマオ。
「いや、その……ありがとうな、いつも。ヨリコちゃんとの仲、取り持つように動いてくれてさ」
ガラでもないんだが、たまには礼を言うのもありかななんて思ったんだ。
たとえ叶わぬ恋だとしても、その気持が嬉しかったから。
ふと俺から距離を置いて、マオがぼそりと呟く。
「……ソウスケー、もしかしてぬるま湯に浸りきってんじゃねーの?」
「え? ぬるま湯って……なんだよそれ」
「まずさー、わたしを便利枠のおねえさんくらいに思ってんだろー?」
「は!? 俺はそんな、マオをそんな風に――」
「いーや思ってるね、まちがいなく。……なー、平和がつづくと人間って危機感なくすよなー?」
「……さっきから何が言いたいんだよ」
せっかく素直になってみれば、なんで急にうざ絡みし始めるんだ。
意味がわかんねえ。
店内を巡りつつ、雑に商品を入れていく。
「わたしがどんな女か、忘れたわけじゃないよねー」
どんなって、さっき結論づけた通りだよ。
性癖は歪んでるけど、いいやつで。
「だから礼を言ったんじゃねえか、まだ不満があんのかよ」
「はぁー……。――はじめての理解者だと思った、あんときのわたしの涙を返せよてめー」
ゾッとするほど低く冷たい声だった。
かと思えば、打って変わって明るい口調でマオは続ける。
「みんなで仲良しこよし、たのしーな? でもさー、おまえはそんなことしてる場合じゃなくねー? ひとの女取っちまおうとしてるやつがさー」
あとは買い物かごをレジに出すだけなのに、思わず足が止まった。
なんだよ、それ。
俺はヨリコちゃんを傷つけてまで、付き合いたいなんて思っちゃいない。
その考えは変わらない。
「よく、わかったよ。ようするにケンカ売ってんだろ?」
理由はわからないけど、そうとしか思えない言動ばかりだ。
マオはへらへらとしながら、俺から買い物かごを奪うとレジカウンターにどんっと置いた。
「ケンカー? だれとだれがー? これ、ただの忠告だよー? 最終勧告ってやつー」
「最終勧告……?」
「そー。これまで何度も忠告してやったからなー、これが最後。わたしが前に話したこと、おぼえてるソウスケー?」
店を出ると、駐車場にまだ迎えの車はなく。
店舗端の、黄色く塗装された車止めポールに腰かけるマオ。
レジ前で購入したらしい、ロリポップキャンディの包みを破いて口にくわえる。
「わたしは天晶が苦手。あいつのまわりにいるやつらも、以前に比べればまー話すけどやっぱり苦手」
「ああ、その話ならちゃんと覚えてるよ。その中で浮いてたヨリコちゃんに話しかけて、仲良くなったんだろ?」
「青柳だってさー、どちらかといえば
店の明かりも、マオが座る端っこのポールまでは届かない。
真っ黒い影みたいな顔が、ちゅぱちゅぱキャンディを舐める音だけ響かせる。
「相反してんだよけっきょくー。わたしが闇なら、あっちは光ってな具合にー」
まっすぐ、夜を照らす外灯を見上げながらマオは言った。
「光と闇って、今さら厨2病とか流行んねえぞ」
「ひひー。ま……わたしをあんまり信頼すんなって話よー」
キャンディの棒を持って、マオがいきなり高速で口にチュポチュポ出し入れをはじめる。
「ちょっ下品過ぎる!? ひとの目もあるんだぞ!?」
ちゅぽんっと唇を離れた糸引くキャンディを、マオは強引に俺の口へとねじ込んだ。
えげつないほどの甘みを感じる。
「ソウスケはー、たとえどんなわたしでも、味方してくれるよねー?」
結局なにが言いたかったのかよくわからない。
でもマオの味方するなんて当然だから、頷きを返した。
それから社務所に戻ってのワイワイとした時間も、つぎの日の朝に乗ったバスでの雑談もよく覚えていない。
頭の中ではずっと、意味深なマオの言動だけが繰り返し再生されていた。
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