第46話 廃神社寝取り怪談
怯えるヨリコちゃんを連れて鳥居に近づいていくと、奥に小さな神社が見えた。
参道は短く、神社のとなりには社務所らしき建物もある。
バスを降りてからは歩き通しだったこともあり、ヨリコちゃんも疲労がたまってるみたいだ。
「ちょっと軒先で休ませてもらおうか?」
「え。マジ……? こんな山の中にあんの廃神社とかじゃないの? の、呪われたりしない?」
「いや意外としっかりしてるし、管理者がいないなんてこともないだろ。寂れた場所だから、神様はどっか移転してるのかもしれないけど」
「神様いないなら廃神社じゃないの!?」
「わ、わからないけどさ。他に休めるようなところもないし、だれもいないなら使わせてもらわない?」
「ほんとに大丈夫かな……」
深くお辞儀をして鳥居をくぐるヨリコちゃん。
俺もならって鳥居をくぐり、ひとまず社務所らしき建物の縁側に並んで腰をおろした。
意外と、埃っぽさとかそんな無い気がするな。
「――あ! マオ、水無月ちゃんたちと合流して4人でいるんだって! 迎えにいくからそこから動くなだってさ? ……よかったぁ〜」
スマホをタップしつつ、ヨリコちゃんが心から安堵の息をもらす。
「そっか。みんな無事でよかったよ、ほんと」
実は、今回の目的地に神社が含まれているということを俺は知っていた。
事前にマオより聞かされていたからだ。
同時に、舞台にちなんだ脚本を書いてこいとも。
聞いていたのはそれくらいだけど、ヨリコちゃんの前でみっともなく取り乱した姿をさらさずに済んだのは大きい。
マオはあえてたぶん、俺とヨリコちゃんをふたりきりにしてくれたんだと思う。
あとは俺が、その気遣いを無駄にせず行動できれば。
「ヨリコちゃん、みんなそろうまでヒマだし読み合わせ付き合ってくんない?」
今日のために必死で執筆してプリントアウトしたものをヨリコちゃんに手渡す。
「読み合わせって……ああ文化祭? マオの部活入ったんだっけ。あれ人気だもんね毎年」
「らしいな。でもそのぶんプレッシャーが半端ないんだけどさ」
「あたしは噂だけでじっさい聞いたことないけど……。ま、いいよ? 台風のときのお礼もまだだし」
あんなの好きでやったことだからお礼なんかいらないんだが、やってくれるというなら素直に好意を受け取っておこう。
立ち上がって縁側から離れたヨリコちゃんが、俺の方へと向き直ってプリントに目を通す。
「……ふんふん。この【ヨ】ってのがあたしね? もう見慣れてきたなぁこの形式。……で? この【霊】……っていうのは?」
「俺がやる悪霊役」
「やっぱやんないっ!!」
「大丈夫だから! ぜんぜん怖いやつじゃないから!」
「怖くなかったらそれはそれでダメじゃん!」
ヨリコちゃんのくせに正論をぶち込んできやがった。
でも引けない。
自分の感情をたしかめるためにも、これをヨリコちゃんにやってもらわなきゃならない理由があるのだ。
「こ、これはほら、あくまで練習で書いたやつだからだよ! ガチガチに怖いガチを書くためにも練習は必要だろ!?」
しかめっ面のヨリコちゃんが、じっと俺の目を見てくる。
きっと本気かどうか測りかねている。
だから目はそらさない。
つづいてヨリコちゃんは俯き、うーんと唸りはじめた。
たっぷりの間を置いて、ようやく覚悟してくれたのか顔をあげる。
ギュッと服のすそ掴んで、ちょっと震えて。
「……あんまし……こ、怖くしないでね……?」
なんか初エッチのセリフみたいでそそる。
当然、そんな汚れた俺の脳内なんかおくびにも出さない。
「もちろん!」
最高の笑顔でなごませて、なし崩し的に打ち合わせへと持ち込んだ。
「……ええっと、悪霊に追われたあたしが、神社を見つけるとこからスタートすればいいわけ?」
「そうそう。迫真で頼んます!」
「ソウスケくんのシナリオってマジで意味わかんないけどさ……とりあえずやってみる」
ひとこと多いんだよなぁ。
まあやる気になってくれたのならよし。
鳥居の位置辺りまで離れたヨリコちゃんが、おっかなびっくりこちらに駆けてくる。
「ハァ、ハァ、こ、こんなとこに神社が……! でも、ここまで来ればもう安心だよね……?」
「ククク……それはどうかな?」
「ひ!? だ、だれ!? どこにいるの!?」
思いきりヨリコちゃんの目の前でしゃべってるんだけど、俺は霊なので姿が見えない。
「さて、まずはおまえという人間を覗かせてもらおうか」
「あ、頭の中から声が……!? い、いや……何か、あたしの中に入ってくる……!?」
こうして生音声で聞いてみると、わりと卑猥なセリフに思えるな。
誓って、狙ったわけじゃないんだが。
いやまじで。
しかし初期のころに比べたら、ヨリコちゃんもだんだんノリノリでやってくれるようになった。
「やめて!? それ以上中に入ってこないで! ううう気持ち悪い……っ!」
「……なるほど、そうか。おまえ、想い人がいるようだな」
「それが何!? あたしからもう出てってよ!」
「我はこの地で死に、土に埋まり、冷たい世界でずっと温もりに飢えておったのだ。とくにおまえのような若い女は、さぞ熱い魂を持っていよう――ふんッ!」
「か、体が動かないっ!?」
ヨリコちゃんが、金縛りをパントマイムで表現する。
なんとなく牢に繋がれた罪人を思わせるポーズは、念力みたいなものを想像してる俺とは解釈がまるで違うらしい。
これはこれで、あらぬ妄想をかき立てられて悪くないけども。
「クハハ! 身を委ねろ、恐れるな! すぐに想い人のことなど忘れさせてやるぞ小娘ぇ……!」
「くぅっ……!? た、たとえ身体をどうされたって、心はぜったいに屈したりしないから! …………ね。あのさソウスケくん」
「そんな強がりが果たしてこの快楽の前に通用するかな!? まずはおまえの足先からじっくりと――」
「ソウスケくんてば!」
「……え? なに?」
いいところで進行を止めて、ヨリコちゃんが真顔で言う。
「これ、いつものやつじゃん」
「い、いつものって?」
「いつもの寝取られじゃん」
「……そんなこと……ないよ……?」
「声ちっさ! なに? こんなもん文化祭で披露しようとしてんの!? 頭おかしいんじゃないの!? 文化祭だからって寝取られ文化広めちゃおうってそれもう狂気だからっ!」
「だから練習の脚本だって言ってるだろ!? それにこれは寝取られじゃない! 無念にも生涯を終えた怨霊の悲しいストーリーが根底にあって!」
「嘘うそうそ! 読み合わせにかこつけてあたしにセクハラしてんでしょ!? さっきだってあたしのこと、だ、抱きしめたりして!」
「あれ5秒ならいいってヨリコちゃんが――!」
『――不届き者ども』
……?
とつぜん降ってわいた声に、俺もヨリコちゃんも硬直した。
周囲に人の姿はない。
でも今、たしかに。
あれだけ言い争っていたヨリコちゃんが小走りに駆け寄ってきて俺の腕を掴み、またパイスラの定位置に抱く。
顔面蒼白で膝をガクガクさせている。
『――神聖なる境内で乳繰り合うバカップルには鉄槌を。神はいつでも天から見ているのだ』
声は確実に頭の上から聞こえた。
まさか本当に……!?
反射的に空を見上げる。
――直上でドローンが旋回していた。
4枚のプロペラを回転させ、ドローンは社務所2階の窓の中へと飛び込む。
すると、窓から女の子がひょっこり顔を出した。
「えへへー。びっくりしました?」
悪びれもせず、ペロっと舌を伸ばすショートボブな女の子。
びっくりというか、唖然としてた。
ヨリコちゃんも同じ心境だったはずだ。
ふたりして無言で2階を見上げていると、微妙な空気にいたたまれなくなったらしい女の子が、助けを求めるみたいに大きく手を振り叫ぶ。
「ま、マオさーん!」
振り返れば、マオたち4人がぞろぞろと鳥居をくぐり、社務所の方へ向かってくるところだった。
すぐにマオのもとまでつかつか歩んでいくヨリコちゃん。
「なにこれ……マオ説明して……?」
「お、怒んなよ青柳ー。えと、あちらー、部活の合宿でいつも世話んなってる
なんだ、そうだったのか。
まだぜんぜん説明が足りないのであたりまえなんだけど、まったく納得いってない様子のヨリコちゃんをマオはなんとか宥めすかしている。
「まーとにかくあがらせてもらおーよ? ねー? みんな疲れてるっしょ」
「どうぞー! 遠慮せずあがってくださーい!」
逃げるようにそそくさ社務所へ向かうマオを、俺は呼び止めた。
これだけは言っておかなければ。
ピアスの飾られた耳へ、小声で囁く。
「ヨリコちゃんとふたりきりにしてくれたのは感謝するけどさ、何も崖から突き落とすこたねえだろ?」
いくら大した高さじゃなかったとはいえ、軽い怪我くらい負っててもおかしくない。
マオはまつ毛の長いまぶたをパチクリさせて。
「はー? んなことするわけねーじゃん。危ないでしょー?」
「……え?」
とても嘘をついてる顔には見えなかった。
じゃあ、あれは……。
え?
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