第2章 欲と情熱の寝取られ演技指導

第34話 寝取られ報告リターン

 夏休みボケが治らない。


 眠いし、残暑はまだまだ厳しいし、通学するだけでじわりとにじむ汗がうっとうしい。

 頭がぼーっとする。


 学校に着いてもぼんやり感は続いている。

 全校集会で新学期に向けてくっそ長く語っていた校長の話も気づいたら終わってた。

 あやうく、体育館にひとり取り残されるところだった。


 これが夏休みボケでなくて、なんだというのか。

 そして完治しない最大の理由もわかってる。


 あの夜が忘れられないからだ。


 あの日、夏祭りの夜――。

 ヨリコちゃんに抱きしめられた、あの瞬間が。


 濡れた浴衣の感触。

 やわらかい胸と、熱っぽい体温と。

 どこか甘やかな匂い。


 今でも鮮明に思い出せるし、思い出せば胸に痛みをともなうのだ。


「はあ……」


 ハンドポケットで息を吐き、教室の扉を開く。

 ガヤガヤとせわしない喧騒に首を振りながら、席へついた。


 夏休みの間にどうやら俺は、ひと皮もふた皮も剥けてしまったらしい。

 こんなんじゃ、クラスメイトがどいつもこいつも子供に見えちまうよ。


「めっちゃ焼けとる! どこ行ったん!?」「海海! 女子大生ナンパ成功! エロかったわぁ」「髪黒すぎ。違和感でまくりじゃね?」「カレシがぁ、染めろ染めろうるさくてさぁ~! 戻すのマジ大変で~」「あいつもついに卒業したらしいぜ」「夏休み効果かよ。じゃあもうこれでうちのクラスに童貞いなくね?」


 クラスの連中そういやリア充ばっかだったわ!

 どいつもこいつも大人に見えてしょうがねえ!

 はいはーい童貞いますよー!


 ってバカッ!!


 もうやだこのクラス。

 恋愛強者多すぎて絶対マウント取れないもの。


 ちらっと横目で、実はとなりの席同士である水無月さんを見る。

 水無月さんはクラスメイトの会話で“清純な私にはまだ早すぎます~”な風に赤らめた顔を俯かせていた。


 夏祭りのときそんなじゃなかっただろ。

 人格もうひとつ飼ってんのかな。


「よーし席につけー! いつまでも夏休み気分でいるんじゃないぞ」


 お決まりの台詞と共に担任が登場し、教室につかの間の静寂がおとずれる。


 窓から空を眺めると、入道雲が風によってじわじわとその身を崩していく様が見れた。

 引き裂かれて散って、夏が終わっていく。


 俺とヨリコちゃんは――。




 始業式と簡潔なホームルームでその日は終わり、教室を出る。

 まだ頭は重いけど、これは夏休みボケなんかじゃない。


 ハッキリとわかった。色ボケだ。

 いちどヨリコちゃんのことを考えると、それ以外のことが手につかなくなる。


 俺はヨリコちゃんのことが好きだと自覚した。

 じゃあ、ヨリコちゃんは俺のことどう思ってるんだろう。


 ただの友だちか?

 弟か?

 それならなんで、あんな抱きしめるようなこと。


 とにかくヨリコちゃんに会いたくて、たまらなくって、そんな想いが呼び寄せた奇跡か。

 校門から出ていくところの、ヨリコちゃんらしき制服の後ろ姿を発見した。


「あ――ヨリ――」


 駆け出す。

 俺がヨリコちゃんを見間違うはずがない。

 背中を追って校門を通過し、右に折れる。


「ヨリコちゃ――……っ!?」


「ん?」


 制服の女子はヨリコちゃんで間違いなかった。

 でも俺は、ヨリコちゃんが振り返る前に、校門の陰へと急いで引っ込んだ。


 だってとなりには、ヨリコちゃんより一回り背の高い男子生徒の姿があったから。


 もしや、今のがケンジくんか?

 顔まで確認できたわけじゃないけど……。


「……ぅぷ――っ」


「おわ!? 往来で吐くな吐くなー!」


 込みあがってきたものを、なんとかごくりと飲みくだす。

 涙目で振り向くと。


「はぁ……はぁ……マオ……?」


「ソウスケー。脳を壊されちゃった顔してんねー? だから忠告したげたのになー」


 にっこにこ顔のマオから、バックパックで頭をボフンとやられた。




 引きずられるようにして連れてこられた喫茶店。

 ストローでアイスコーヒーを口に含んだ直後、マオが核心をつく。


「青柳のこと、そんな好きー?」


 夏休みの俺なら、即座に否定したことだろう。

 だけどまっすぐに顔をあげた。


「――好きだ……っ」


 一瞬だけ驚いたようなマオだったが、すぐにニンマリと笑ってうんうん頷く。


「成長しておるなーソウスケ。わたしも見守ってきた甲斐があったよー」


 言うほど見守られてきたか?


「けど……どうしようもなくて、悶々とする」


「好きって言やーいいじゃん。んで付き合っちまえよ。んで童貞捨てさせてもらってー。んでセックスに溺れて――」


「待て待てどんどん先に進むなよ!? だいたい、言えるわけないだろ!」


「はぁー? なんで?」


「なんでって……付き合ってる彼氏いんのに」


「だからそれ、カンケーなくね?」


「だからそれを関係ないなんて言えるの、マオだけで――」


「いや。カンケーないね」


 めずらしく真摯な表情と声音で言うと、マオはアイスカフェラテをぐびぐび飲んだ。

 ッターン! とコップをテーブルに叩きつける。


「するってーとなんだ? いっかい天晶と付き合っちまったら、青柳はもう天晶のもの・・なんかー? 青柳の意思もいっさいカンケーなく? そんなん、それこそ女をもの・・扱いしてんじゃねーのか? 戦利品じゃねーんだぞ」


 口調は酔っぱらいみたいだったけど、マオにひと言も返す言葉が出てこない。


「なー? だからソウスケー。奪っちまえばいい。なーんも悪いことじゃない。奪われちゃうやつが、カノジョを繋ぎとめられなかったやつが悪い」


 悪魔の囁き。

 でもそれはなんてことない、俺がフタバさんに言った台詞と似たような意味合いだった。


 いいのかな?

 俺はヨリコちゃんを彼女にするために、一生懸命になってもいいんだろうか?


「で、でも、どうやって……」


 アルバイトは終わったし、学校じゃ学年違うし、帰りはケンジくんと一緒なんじゃそもそも合う機会も。


 テーブルの下で俺のひざを、コツコツとローファーの足先で蹴ってくるマオ。

 にひっと並びのいい歯を見せて。


「わたしにまかせろよー! 困ったときはお互いさまでしょー? カワイイ後輩が悩んでんのに、放っとけるわけないっての!」


「ま、マオ……っ!」


 熱いものが込み上げてくる。

 こいつ、性癖は終わってるけどまじでいいやつだな。

 寝取られ素養のあるイケメンと友だちになったら、真っ先に紹介してやろう。


「おっしソウスケ! んじゃーまずはこれにサインして!」


「ああ!」


 差し出された用紙に、サラサラと名前を書いた。


「……ん? 都市伝説……創作部……て、なに?」


「わたしが部長やってる部活ー。ようこそ我が部へ! あした部員に顔合わせやっから逃げんなよー?」


「…………」


 アイスカフェラテをおごらされて、家路についた。




 デイパックをベッドにぶん投げると同時、スマホの着信が鳴る。

 もう何も信じない。

 スピーカーにして、机にゴトンと放った。


『――も、もしもーし……? 聞こえてる? ソウスケくん』


 え!? ヨリコちゃん!?

 意識がスマホに持っていかれる。


『――あ、あん、あのね? いま、街でスカウトしてきた、あん、ひとにラブホ連れ込まれて』


 懐かしさで、涙腺がゆるむ。

 これだよ、これ。

 俺が本当に望んでいたもの。


 なんでまたこんなバカ丸出しなこと始めたの?

 だとか。

 設定はちょっとひねってきたけど、相変わらず棒演技だね?

 だとか。


 突っ込みどころは山ほどある。

 でもさ、俺うれしくて。


『――水着だけって話だったのに、やん、だめぇ、か、カメラ回しはじめて、あの、聞いてる? ソウスケくん? おーい』


 おかえり、ヨリコちゃん。

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