第35話 この部活が都市伝説

 こうして声を聞くのは、夏祭り以来だ。

 ヨリコちゃんの寝取られ報告電話にひとり、感慨深い思いでいると。


『――……あっれ……? ……無視かな……いや、電波……?』


 などと不安げにヨリコちゃんはボソボソ呟いた。


 最近のスマホはそうそう通話障害なんて起きないけど、無視されてるとは思いたくないヨリコちゃんの性格がよくあらわれてる。


「ごめん、聞いてる。考えごとしてた」


『――あっ。ああ、そぉなんだ! い、いきなりなんかごめん、あ、はは』


 そしてお互いに沈黙する。

 正確にはヨリコちゃんの言葉を待つ。


 だってそうだろう、こんなことしてきた理由が必要だ。

 ヨリコちゃんだってそれはわかってるはずだ。


 これから聞くひと言で、あの夜の行動の真意がわかるかもしれない。

 それはきっと、今後の俺たちの関係を決定づけるひと言。


『――あのね』


 ベッドに腰かけて、ひざの上で拳を握る。


「……うん」


 ごくりと喉が鳴った。

 なんだ、何を言う。


『――嫉妬した?』


「もてあそぶのやめてくんない!?」


 こいつ俺の気持ち知ってるよな!?

 タチ悪すぎるだろ!


『――え、えと、今の実は演技なんだけど』


「わかってるよそんくらい!? まだ時間停止ものの方が信じられるレベルだわ!」


『――時間停止もの?』


「ごめんなさいそこ気にしないでっ!」


 でも正直ヨリコちゃんの棒あえぎはなんか興奮するんだけどな!

 あとシチュエーションもよかったよなし崩し的なAV撮影みたいで!


『――じゃあ興奮した?』


「言いたくない! なに? ヨリコちゃんは俺を嫉妬や興奮させたいわけ? それって俺のこと――」


『――いやケンジくんに』


「ケンジくんかよッ!!」


 こいつまじでもうわかんねえよ!

 人の心どっかに捨ててきたの!?


 つかそれならケンジくんに寝取られ報告しろや!


『――だから、その、ソウスケくんにさ。て、添削してほしいっていうか』


「てん……さく……?」


 ヨリコちゃんの口から出てくるワードの、ことごとくが理解できなくてアホみたいに復唱した。


 考えろ。

 考えたくないけど、なんとか脳を回転させる。


「……つまり、え? その寝取られ報告の内容を、俺が考えるってこと?」


『――すごいね!? まだ説明してないのに!』


 褒められてもぜんぜん嬉しくない。

 突っ込むのも疲れてきた。


「なあ、教えてくれ。……なんで俺に?」


『――え? だってマオが、ソウスケくんは創作の天才だから、頼んでみろって……』


 やっぱマオか~~っ!

 よくないよほんと、マオの言うこと鵜呑みにするの。


『――ちがった? ご、ごめん! あたし、そうだよね。ちょっと考えればわかることなのに……わ、忘れてぜんぶ! それじゃ――』


「文豪のソウスケとは俺のことだよっ!!」


『――は……?』


「やってやるよっ! 寝取られの創作だろ!? ケンジくんの脳を完膚なきまでに破壊するような、最高の寝取られシナリオ書いてやるってんだ!」


『――破壊までしなくていいんだけど……』


 マオの思惑は置いておいて、せっかく繋がりそうなヨリコちゃんとの接点を手離したくない。


 詳細は後日と話をして、通話を終了した。


「…………」


 つい勢いで事を進めてしまった。

 冷静になれば、後悔と恥ずかしさが押し寄せてくる。


 天井をあおいで、思う。


 ……シナリオってどうやんの?




 答えは、翌日にあった。


 破り捨ててもいい約束だったけれど、書類には俺の名が記されてしまった。

 マオとの約束通り、文化部が占拠している旧校舎をおとずれる。


「都市伝説創作部。……ここだな」


 名前からしてニッチな部だ。

 よく部活動として認められたな。


 どうせ部員なんて、マオしかいないとかいうオチがついてんだろ。

 沈んだ気持ちのせいか、やけに重く感じる扉をガラガラ開く。


「おお! きたー!」「マオの言ってたカレ、この子!?」「1年? 若けぇわ~」「菓子食う? 菓子」「なんかポカーンとしてね?」「逃げそう」「鍵しめよ」「真ん中座らせて囲め」


 ギャルのたまり場だった。


 派手な見た目のいかにもなギャルや、黒髪のネイルバッチリなクール系ギャルに引きずられ、部室の中央の椅子へ座らされる。


 目線の先では、机に両肘ついて、顎の下に手をあてるマオがいた。


「よーこそソウスケくん。わたしが部長の獅子原麻央である。我々の卒業も迫るなかー、こうして1年生を迎えられることを誇りに思うー」


 マオの言葉に、周囲のギャルたちが沸き立って拍手があがる。

 お菓子とかいっぱい握らされる。


「……で。何か質問はー?」


 騙されたことはわかっている。

 不服だという態度を示すため、マオをじっとり睨みつけた。

 もう、我慢ならないぞ。


 俺は椅子をガタンと揺らして立ち上がる。


「質問ありませんっ! 1年生の弓削蒼介です! これからよろしくお願いします!」


 不満なポーズ取るだけでも精一杯だった。


 あたりまえだよ、決まってんだろ。

 だってめっちゃいい匂いすんだもんこの部室。

 こんな部活動に誘われて、断れる男がいるもんかよ。


 巻き起こるソウスケコールに、俺は赤面してデレデレ鼻をかくのだった。

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