第36話 すぐに壊れる様式美

「よろしくなー! 副部長!」


 にっこり笑って立ち上がったマオが、俺の肩をポンポンと叩く。


「いやーよかったよかった」「うちらの青春の場所だもんねー」「廃部とかわらえんし」「文化祭またマオのやつ見たかったわー」「オケいく?」「いいねー!」


 ぞろぞろ連れ立って部室を出ていくギャル集団。

 その最後尾に並ぶマオの腕を、いそいでつかまえる。


「ちょっと待てよ!? 説明しろ説明!」


「えー?」


 さもめんどくさそうに、キューティクルな金髪をかきあげるマオ。


「えー? じゃねんだよ。なんでみんな出ていくの? 廃部って聞こえたけど? 副部長って誰!?」


「ちょぉちょぉいっぺんに食いつき過ぎー! がっついちゃダーメ♡」


「うぐっ」


 鼻っ柱を人差し指で押されて、遺憾ながら後退する。

 マオは満足げに頷いて。


「都市伝説創作部。その活動はー、創作した都市伝説をネットに流してー、まとめられたりバズらせることを目的としてまーす」


「ろくでもない部活だな。ってそうじゃなくてさ! 俺の質問いっこも答えてないじゃん!」


「わたしら3年だから来年卒業でしょー? 部長と副部長の最低ふたりは部員いないと廃部になるわけー。で、部活引き継いでもらおーと思って」


「……だれに?」


「ソーちゃん♡」


「かわいく言ったって無駄だからな!? だいたい俺が副部長なら部長はマオだろ!?」


「え、部長ならいるじゃん」


「……どこに?」


「そこ」


 顎をしゃくるマオが指し示した場所には、ひとりの男子生徒が一心不乱にぶ厚い本を読みふけっていた。


 まじでいたー!?

 てか魚沼くんじゃねえか!


「ウオっちは入学してすぐ部活入ってくれたかんねー? 部長の座はあきらめてよ」


 え。

 魚沼くんって、こんなギャルばっかの部活にずっと男ひとりでいたの!?


 呪術オタクどころか超勝ち組じゃねえか!

 なんで俺に教えてくれなかったわけ!?


 とくに親しいわけでもないから当然だったわ!


「い、いや、でも、俺」


「――青柳から相談受けただろー? アイツは今さぁ、ショッキングな出来事があって心が壊れそうになってんのー」


 ほんとガラスのハートだなヨリコちゃん。


「救ってやるんだよソウスケー! おまえの創作でー! ついでに堕としちまえー!」


「いやだからっ、俺はシナリオなんか書き方もわかんなくて――」


「おいおいーなんのための部活だよー? 部長に聞けー。あとわたしの文集とか参考にしろー?」


 マオはするりと俺の拘束を抜けて、扉に手をかける。


「あと文化祭、期待してっからー」


 大きな瞳でパチリとウインク決めて、俺の制止も聞かずマオは出ていってしまった。


 文化祭……?

 それより俺は、どうしたら。


 横目で見やると、俺とマオのやり取りなんか無かったかのように魚沼くんは本を読んでいる。


「ぶ、部長……? あの、シナリオの書き方って、わかります?」


「リビドーだよ。創作に必要なのはリビドー。文章や作法なんてものより、自分が書きたいものを書くべきだ」


 意外とふつうに教えてくれた。


 しかし、書きたいものか。

 ようするに、俺がヨリコちゃんにやってほしい寝取られを書く。


 いや、俺は寝取られとか大嫌いなんだけど。

 でも……そうだな。


 用紙とシャーペンを手に取り、魚沼くんの対面に座った。


 いちど書き始めると、止まらなくなる。

 思うままに、リビドーを解放する。




「……できた……!」


 辺りはすっかり夕暮れに染まり、運動部も帰宅するであろう時間。

 つたないながらも、はじめての創作活動に俺は充足感で満たされていた。


 きっと出来はひどい。

 だけどやりとげたんだ。


「……おめでとう」


 祝福を投げてくれたのは部長の魚沼くんだ。

 遅い時間なのに、まさか俺を待っててくれたのか。


「あ、ありがとう! なんとか、書きあげられたけど……中身はひどくて」


「最初はみんなそんなものだよ。よかったら読ませてもらえないかい?」


「あ、ああ。ちょっと恥ずかしいけど――」


 魚沼くんに用紙を渡そうと伸ばした腕を、抱きかかえるように引っ込める。


「弓削くん?」


 いや絶対だめだろ。

 だってこれ寝取られシナリオじゃん。

 他人にこんなもん見られたら高校生活終わってしまう。


「ごめん。今度またまともなもの書いたら、見せるからさ」


「そうかい……? じゃあ次を楽しみに――ハッ!?」


「う、魚沼くん?」


「では僕は、これで失礼するよ!」


 鞄を引ったくるように取ると、魚沼くんは普段からは想像もできない機敏さで部室を出ていった。


 なんだったんだ、いったい。


 あっけに取られてから、約10秒ほど。

 ふいに部室の扉がガララ! と開いて「ひ!?」と声がもれてしまう。


「――……あら? たしか、弓削くん」


 部員でもないはずなのに、我が物顔で部室に入ってきたのは水無月さんだった。

 水無月さんは、部室を隅々まで見渡して。


「……魚沼くんは……見ていませんか……?」


「ぶ、部長ならついさっき、帰ったけど」


「そぅ……失礼しました」


 優雅なお辞儀をして、水無月さんが部室を出る。

 去り際に黒髪を揺らがせて。


「……ほんとう……いけない子……」


 そんなゾッとする言葉を残していった。


 だんだん主従関係があきらかになってきたな!

 面白えけど怖えー!


「……はぁ」


 帰る前に、マオの文集とやらも見ておくか。

 参考までに。



◇◇◇



 ――シシダチとは、古くからその山奥の村に伝わる伝承である。

 曰く、シシダチとは呪いであり、四肢断ちとも記されている。

 呪いの伝承は幕末から明治にかけ、四半的しはんまとという弓術が子供の間で流行していた頃。

 一人の少女が、その四半的の名人だとして持て囃されていた。

 子供の間だけではなく、酒宴の席にも呼ばれ、腕を披露していた少女。

 その日もまた、藩主のお屋敷へと呼ばれた少女は、宴で弓を射っていた。

 一射、また一射、と的に矢が命中するたびに宴が沸き立つ。

 幼いながらも、凛とした美しい少女の姿勢は、単純な腕の良さを目の当たりにした興奮とは、別種の熱気をも生む。

 酔いが回ったとある男が、少女にひとつ提案を持ち掛けた。

 その綺麗な腕を、いや足を、次の一射で――




「んんんんんー!?」


 パタン! と文集を閉じて、もとあった棚へとそっと片づける。


 え? なに? え?

 なんかめっちゃ怖。まだたぶん冒頭なのに怖。


 これほんとにマオが書いてんの?

 普段のマオを知るだけによけい怖いんだが。


 そ、そうだ、帰んなきゃ。

 帰って寝取られシナリオ、ヨリコちゃんにさっそく送りつけてやろうっと。


 すっかり暗くなってしまった校舎を、ビクビクしつつも全速力で走り帰った。

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