第51話 バニーガールわからせ遊戯
秋も深まり、文化祭準備の作業が割り当てられた。
部としても本番で披露するシナリオをそろそろ用意しなければならない。
慌ただしく日々が過ぎていく。
マオが学校を休みがちになっているとヨリコちゃんから聞いたのは、そんな折のことだ。
電話をかけてもメッセージを飛ばしても、マオからの応答はない。
これじゃケンジくんから聞いた、中学時代の再現じゃねえか。
くそ……俺がもっとしっかりやれていれば。
もはや頼みの綱はあのアンダーグラウンド。
アブソリュートにしかない。
俺は足しげく通っていた。
チェスや、ダーツや、覚えたての麻雀、果ては運まかせの双六――。
けれど何を挑んでも、ただの一度もピンクの悪魔カニちゃんに勝つことは出来なかった。
ゲームの天才か?
心が折れそうになる。
いや……まだだ。
託されたからってわけじゃないけど、あきらめたら今度こそ、世話してくれたケンジくんに頭があがらなくなってしまう。
なによりも俺自身が、あっけらかんとしたマオにまた会いたい。
楽しくバカ言い合って、いっしょにまた遊びたいんだ。
学習机に肘をついて思い悩んでいた俺は、意を決してスマホを手に取る。
通話をタップして、待つこと数コール。
『――も、もしもし。なに? なんかめっちゃ久々に電話かけてきた気がするけど、どうせあれでしょ? 寝取られのやつ。セクハラシナリオあたしにやらせようってんでしょ?』
「ヨリコちゃん、フウタくんに用事あるんだけど代わってくれないか?」
『――は……? なんで弟? あたしと寝取られごっこすんじゃないの?』
「え? しないけど。フウタくんに話があるんだ」
ヨリコちゃんが沈黙してしまった。
小さく舌打ちまで聞こえた気がする。
やがてドタドタドタと激しい足音。
『――フウター! あんたに電話!』
『――“おわ!? なんだよ姉ちゃんノックしろっていつも言ってるだろ!”』
さらに待つこと10数秒。
『――なんだよソウスケかよ。番号教えてなかったっけな。なんか知んねぇけど姉貴に八つ当たりされて最悪だよ』
「災難だったね」
『――たぶんアンタのせいだろ! ……ハァ、で。なんの用だよ?』
「ああ、どうしても勝ちたい相手がいるんだ」
◇◇◇
つぎの土曜日、ヨリコちゃんの家へお邪魔していた。
ただヨリコちゃんは出かけているらしく、フウタくんの部屋で俺は一心不乱にモニターへ向かっている。
「もっと攻めを意識しろって。……なぁ、格ゲーは甘いもんじゃねぇんだ。1日やそこら練習したからって、本来技が身につくもんじゃねぇ」
「でも、どうしても勝たなきゃいけない……!」
ゲームパッドを握る手に力がこもる。
頭の中に描く華麗な動きが、キャラクターに中々反映されずもどかしい。
「まぁ初心者でも……1勝なら、やり方しだいじゃ勝てないこともねぇけど」
「まじか!? やり方教えてくれ!」
「最低でもワンコンボは覚えてもらうぜ? それができりゃ勝たせてやるよ」
指定のコンボを覚えた頃には、すっかり夕方になっていた。
「まだ体に染みついたとは言えねぇな。あとはイメトレだソウスケ。寝る寸前まで、夢に出るまで動きをイメージしとけ」
「……つねにガードを意識しつつ、攻めの姿勢は忘れない。大振りを誘ったら、めくって、フルコンボいれて、起き攻めの択を迫って……」
「ここでブツブツ言うなよ、ゾンビみたいでキメェ。あとひとつ、とっておきの秘策教えてやる。いいか? あらかじめオプションで――」
ともかく、これで準備は整った。
決戦は明日だ。
「まじで助かったよ、ありがとう! ……じゃあ、ゲーム機とソフト貸してくれ」
「……え?」
呆然とするフウタくんにもう一度礼を言って家をあとにする。
玄関から外に出ると、バッタリ帰宅したヨリコちゃんと鉢合わせた。
お互い、何かしらを言いよどむ。
「なんか……ひさしぶりだね? 忙しそうじゃん」
「うん、ごめん俺……ヨリコちゃん放置しちゃって」
「……――ぷっ、あはは! なにそれ? 彼氏かっての!」
たしかに自意識過剰でキモい発言だったな、よくよく考えると。
本心がついポロッと口に出たんだけど、ヨリコちゃんの自意識過剰っぷりが感染ったんだろうか。
「マオのことでしょ? あたし、ソウスケくんのこと信じてるから。……待ってるね?」
何よりも力強い言葉をくれて、ヨリコちゃんは小さくバイバイと手を振る。
中へ入ってしまったあとも、しばらくヨリコちゃん家の玄関ドアを見つめていた。
もうこれですべて揃った。
勝つためのピースってやつがな……!
◇◇◇
翌日、アブソリュートにて。
小さな丸イスに身を縮こまらせて座るスコーピオが見守る中、カニちゃんとの決戦がはじまった。
「電子ゲームなら勝てると踏んだその愚かさをよぉ、わからせてやんぜソースケちゃん!」
どうでもいいけど、カニちゃんってベクトルがフウタくんに近いな。
普段やさぐれてるけど、ゲームとなるとイキイキし始める。
初心者と侮って舐めプしてくれてたのか、作戦はおもしろいくらいにハマった。
残りわずかな体力ゲージを、練習通りのコンボで削りきる。
「――よっしゃああ!! 勝った……ッ!!」
完!
思わず立ち上がってガッツポーズする俺を、カニちゃんが冷めた目で見上げた。
「わーったわーった、座れ。チ、まだ1本取っただけだろうが。ビギナーズラックだっつの」
「……ビギナーズラック? たしかにそうかもな。でも勝ちは勝ちだ」
「だから1本取ったくらいで――……は……?」
モニターでは、俺の使用キャラだったセーラー服の女の子が顔をアップに勝利宣言している。
「俺はこの戦い、3本勝負だなんてひとことも言ってない」
あらかじめ、設定で対戦方式を1本先取に変更しておいたのだ。
ギザ歯を剥いてカニちゃんが立ち上がる。
「おいッ! ずりぃぞおま――」
「試合中にだって体力ゲージの下から確認できた! あんたの負けだよそうだろスコーピオ!?」
カニちゃんとふたり、勢いよくスコーピオを振り返った。
丸イスが食い込んで尻が痛いのか、スコーピオは小刻みに腰を浮かせながら困ったように呟く。
「オウ……シノノマケネー」
かくして、あらためて俺は勝利の雄叫びをあげた。
興奮冷めやらぬ中、ふてくされてソファに沈み込むカニちゃんを問いつめる。
「さあ、洗いざらい吐いてもらうぞ! マオの居場所――」
「はよーございまーす」
入り口から響いた声に、拳を振り上げたまま顔を向けた。
「あれ、ソウスケ……? ……なんでいんの?」
でかめのバッグ抱えたマオが、怪訝な表情で立っていた。
説明を求めてカニちゃんを見下ろす。
「マオっていつも夕方から出勤なんだよねぇ。ソースケちゃん弱すぎっからさぁ、いっつもその前に負けて帰ってたじゃん?」
「出勤て、ここで働いてんの……?」
「だからそぉだっつってんだろ? まぁ、遊び相手んなってくれて楽しかったわ」
用は済んだとばかりにヒラヒラ手を振るカニちゃん。
なんとも憎らしい顔だ。
じゃあこの勝負はいったいなんだったのか。
……いや、俺が勝っていつもより長く店に居座ったからこそ、こうしてマオに会えたともいえるはずだ。
そうだよ、うん。そう思い込もう。
「ねーソウスケー。なんでいるのかって聞いてんだけどー」
マオがゆっくりと近づいていくる。
口もとはゆるく口角をあげているものの、その目はぜんぜん笑っていなかった。
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