第85話 夜が来る

 段差のある両開きの玄関扉では、ライオンを模したドアノッカーが威圧的な眼光を放っている。


 よく見たら、ライオンが咥えてる金属の輪っかはとぐろを巻いた蛇だった。


「……趣味悪くね?」


 ヨリコちゃんに同意する。

 柔和なイメージだった楝蛇さんとはかけ離れてるというか、名前的には合ってるけど趣味が悪いという感想は変わらない。


 てか喰われてるしな、蛇。


「なーなーソウスケー。これ助っ人的なー? 呼んだ方がいいんじゃねーの?」


「助っ人ってなんだよ。話をしにきただけだぞ」


 化物がいるわけじゃあるまいし。


 とはいえこんな田舎の隔絶された山奥は、日本の法が果たして届くのかなんて気にもさせられる。

 殺されて、その辺に埋められて、口裏でも合わせられたら発見されないんじゃないだろうか。


 ……そんなわけないけどな!


 嫌なイメージを払拭して、ドアノッカーに手をかける。

 けれどノックしようとした直後、扉は重たくガコンと開いた。


 扉の隙間から暗い影が差し、疑問に思って見上げる。


「――ひ!?」


 男が立っていた。

 黒く淀んだ切れ長の瞳でこっちを見下ろし、ただならない雰囲気を纏わせている。


 真っ黒な髪は炎のように逆立っていて、昔観たカンフー映画みたいなチャイナ服には、竹林に潜む白銀の虎が刺繍で施されてる。


 どう見たって普通じゃない。

 無意識に、足が2歩3歩とうしろに下がった。


「ウェイガン。私のお客様です、通してください」


 館の中から声がかかり、男が半身に少しだけ振り向く。

 奥では、スーツ姿の楝蛇さんがにっこりと微笑んでいた。


「ウェイガン……?」


「……威と、鋼で威鋼ウェイガンだ。どうぞ、中へ」


「は、はあ」


 ウェイガンと呼ばれた男に間の抜けた返事をして、ヨリコちゃんとマオを振り返った。

 ヨリコちゃんがへっぴり腰なのはともかく、普段は豪胆なマオでさえ困惑した様子で固まっている。


「マオ……さっきの助っ人の話だけど」


「もー! だから言ったでしょー!」


 声をひそめて怒鳴ったマオが、スマホをポチポチと操作する。

 冗談のつもりだったんだけど、まじで助っ人のあてなんてあるのかよ。


「だ、大丈夫だよふたりとも。ほら、見た目怖いひとほど良いひと率高めって聞くし」


 初耳だ。


 ウェイガンの風体は、俺から言わせてもらえばチャイニーズマフィアにしか見えない。

 まあ本物のチャイニーズマフィアなんか見たことないけども。


「どうぞ蒼介さん、ご遠慮なさらず」


 ふたたび楝蛇さんにうながされ、俺は覚悟を決めて館に足を踏み入れた。




 まず、エントランスホールの広さに圧倒される。


 正面には2階へつづく大きな階段。

 左右に扉がいくつもあり、相当な部屋数であることが予測できる。


 壺や絵画など高価そうな美術品や骨董品もそれとなく配置されていて、俺のような庶民の興味を引きつける役割を存分に果たしていた。


「すごいですね……」


 なにがすごいとも言えないけど、すごいとしか言いようがない。

 あほみたいな俺の感想に、楝蛇さんはゆっくりとエントランスホールを見渡す。


「ほとんどが戴き物ですよ。そんなつもりはないのですが、呪いを抑えてくれたお礼だと村のみなさんが」


 呪いっていうのは、つまり――。


「四肢断ち。蒼介さんもその話が聞きたいのでしょう? お話しますよ、さあこちらへ」


 案内してくれたのは広い洋室だった。

 応接室だとか客室ってやつだろう。

 やわらかいカーペットを踏みしめ、ふかふかのソファへ腰かけると、すぐに女性がコーヒーカップを3つテーブルへ並べてくれる。


「彼女はサユリさんです。私はたまにしかここへ滞在しないので、普段から住み込みで館を管理していただいてます」


 歳は20後半から30代くらいに見える。

 しっとり濡れたような艶髪は、顔を覆い隠すかのごとくウェーブして垂れ下がっている。

 痩せた体の背中は丸まり、せっかくのメイド服も猫背だと見栄えがあまりよくないのだと知った。


「あ、ありがとうございます」


 ヨリコちゃんを筆頭に全員でお礼を言ったものの、サユリさんは無言で応接間を出ていってしまう。


「申し訳ない、彼女は極度の人見知りなのです」


 やっぱりメイドはヨリコちゃんが至高だな。

 今度また着てもらおう。


 コーヒーカップに口をつけ、人心地ついたところで楝蛇さんが話を切り出す。


「では……どこから話をしましょうか」


「あの、ある程度は。――大昔に女の子が、四半的でミスをして手足を斬り落とされた。それ以来、この地域で四肢断ちと呼ばれる呪いが蔓延した。……で、合ってますか?」


 楝蛇さんの細い目がうっすらと開かれた。

 口もとは微笑をたたえたままだ。


「よくお調べになったんですね。おおむね、その通りです」


「てことは、本当にあった話なんですか?」


「ええ……呪いは今もこの地に残っています。村へ住む人々に、大きなものから小さな不幸までばら撒き続けている。農作物の収穫に影響を及ぼしたり、仕事で怪我をしたり……ひどいものですと人が亡くなるような事故もあります。それこそ蒼介さんのご家族の事故は、四肢断ちの呪いであると断言します」


「……それを、楝蛇さんは鎮めることができると」


「微力ですがね。完全に呪いを消し去ることは、まだかないません」


 なんと言えばいいんだろうか。

 正直、胡散臭さが半端ない。


「なんかそれー、霊感商法みたいですねー」


 マオの言葉にギョッとして顔を見た。

 ヨリコちゃんもなんか小声で戒めてるけど、マオは気にする風もなくへらへらとしている。


 怒るんじゃないかと様子をうかがうが、意外にも楝蛇さんはおどけたように両手を軽くあげた。


「ま、村にいればいずれわかります。それより蒼介さん、もう外も暗くなる。今夜はここへ泊まっていかれては? 歓迎しますよ」


「いや、でも……」


 ヨリコちゃんやマオと顔を見合わせる。

 ふたりからとくに意見はなく、俺に任せてくれたのだと判断する。


 実際問題、外灯もない夜にあの長い坂をくだって帰るのはさすがに遠慮したいところだ。


「じゃあ、その、お言葉に甘えさせてください」


「もちろんです。話の続きは夕食のときにでも。――サユリさん、ゲストルームへご案内してもらえますか」


 直後、まるで部屋の前で待機してたんじゃないのかという早さでサユリさんが姿をあらわした。


「…………」


 やはり無言で頭だけ軽く下げるサユリさんに続き、部屋を出る。


 廊下の窓から見える外は、空にぶ厚い雲が広がり、赤黒く陰っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る