第84話 これ死人が出るやつ

 朝から出かけた俺たちは、まずは役場を訪れた。

 明日から年末年始の休みに入るという時期で、田舎ながらもけっこうなひとの多さだった。


 学生証を提出し、身分証が足りないためにあれこれと家族についての質問を受ける。

 記憶にないものは答えようがないので、はぐらかしてなんとか戸籍謄本を入手する。


「……それー、筆頭者がソウスケになってんね」


「つまり、やっぱ親は死んでるってこと?」


「いやー筆頭者が死亡しても、その欄は変わらんはずなんだけどなーたしか」


 じゃあ……どういうことなんだ?

 本籍はこの村で間違いない。

 マオによると、俺が結婚とかしない限りは戸籍の筆頭者には親の名が書かれてるはずだと。


 そうか、マオも家庭でいろいろあったから、そういう事情には詳しいのかもしれない。


「ソウスケくん、そこ……楝蛇さんの名前があるよ」


「……ほんとだ」


 ヨリコちゃんが指さした枠には、未成年の後見人として楝蛇かがし鏡也きょうやと記載があった。


 後見人ということは、マンションの家賃や学費の面でもお世話になってたんだろうか。

 俺はなぜ、これまで疑問に思わなかったんだ?


 考えようとすれば、また虫の羽音みたいな耳鳴りが始まったので、ひとまずは置いておく。


「いずれにしても、やっぱり俺には楝蛇さんしか接点がない」


 楝蛇さんが言っていた親や妹についても記されてない以上、もう一度本人に聞いてみるしかなかった。


「あとね、さっきアサネから連絡あったけど……いまなんか忙しいらしくて“くれぐれも先走るなよ”って」


「そっか、わかった。ありがとうヨリコちゃん」


 先走るなと言われても、俺はまだアサネちゃんを心から信用できるのか確証を持たない。

 それに――。


 これは他の誰でもない、俺自身のことだから。


「楝蛇さんについて、村で話を聞いてみたいんだ。……付き合ってくれると嬉しい」


 せっかくの冬休みをこんなことに費やしてしまって、申し訳なさから声も小さくなった。


 ヨリコちゃんの平手に背中をパシンと叩かれたあと、すぐに頭へやさしく乗せられる。


「あたりまえじゃん。か、彼氏の大事なことなんだから。……大丈夫、あたしがついてるからね?」


 囁やきはじわりと胸に浸透し、不思議と不安な気持ちが薄らいでいく。

 うなずく俺に、ヨリコちゃんはにひっと白い歯を見せて笑った。


 それまで考え込むように顎へ手をあてていたマオが、ふと顔をあげる。

 めちゃくちゃ眉間にしわを寄せて。


「いつエッチすんの? 昨日もしなかったじゃん」


「見世物じゃねんだよ! あとそういうこと言うのやめて?」


 ヨリコちゃんが警戒しちゃうだろ。

 初体験がどんどん遠のいてる気がする。




 次にやってきたのは、先日四半的や楝蛇さんについて教えてくれて、俺のこともある程度知ってそうだったおじさんの家だ。


 でかい四駆にスキー板を積み込んでるところだったおじさんは、俺たちに気づくと声をかけてくれる。


「おお、蒼介くんか。こんにちは」


「こんにちは。あれ、どっか出かけるとこでしたか?」


 おじさんは四駆に積んだスキー板に目を向けて、楽しそうに笑った。


「毎年この時期は家族でね。それより、どうしたんだい? 海未ちゃんに――そっちの女の子は彼女? たーやるね蒼介くんも!」


 そういえばこのおじさんは、ヨリコちゃんのことをどうも妹と勘違いしてるようだった。


 彼女と思われたマオは、にやにやと勝ち誇った顔でヨリコちゃんを煽っている。

 ヨリコちゃんは、マオに肘打ちをかましながらも苦笑いだ。


「あの、俺の妹が……その、死んだ、とかいう話は聞いたことないですか?」


「え!? 死んだってどういうことだい!? じゃ、じゃあそこにいる海未ちゃんはゆゆゆ、幽霊!?」


「あーやっぱいいです! いまのナシで!!」


 これは非常に説明が難しい。

 そもそもこのおじさんが、どれだけ深く俺の家族について知ってるかは未知数だ。


 俺は戸籍謄本に載っていた、楝蛇さんの本籍地の住所を伝えつつ居場所を探ってみた。


「……楝蛇さんなら、こっちに帰ってきてるときはあそこだよ。ほら、山の上に見えるだろ?」


 おじさんが指さす上方には、木々の合間から大きな屋敷が顔を覗かせている。


「あそこも不便な立地だろうに、神聖な場所だからね。定期的に住んで、きっと家を守ってるんだね楝蛇さんも」


「神聖な場所?」


「忘れちゃったかい?“四肢断ち”の呪いを鎮めるために、楝蛇さんが建てたお屋敷だよ。……蒼介くんのご両親も災難だったね。そうだ、うん……忘れた方がいい」


 ふいに飛び出た四肢断ちの文言に、背すじがビクンと跳ねた。


 さらにたずねようとするも、家族に呼ばれたらしくおじさんは「ごめん」と両手を合わせて家へ入ってしまった。

 これから出かけるみたいだし、これまでかな。


「……で? どうすんの、ソウスケくん。行くの?」


「……行ってみよう」


「マジかー。めっちゃ高くねあそこー?」


 たしかに。

 タクシーでも通ればいいけど、こんな田舎で望むべくもない。


 やる気十分のヨリコちゃんを先頭に、俺たちは山へ臨んだ。




 山といっても、道は舗装されてるので危険なんかはない。

 ただひたすらに道のりが遠く、傾斜もそれなりにきついだけだ。


「はあ、はあ、ヨリコちゃん、大丈夫?」


「はぁ、はぁ……まだまだぜーんぜん。てか下からは建物見えたけど、まわり木ばっかでどこまで登ったかよくわかんないね」


「はひ……ひぅ……わたしの心配してよー……」


 そろそろ夕暮れが近い。

 まだ先が長いようなら、いったん引き返そうかと考えたとき――木々が開けた。


 大きな鉄製の門は開け放たれていて、奥に2階建ての立派な建物がある。


「わぁ……でか」


「はえー……。こーゆー屋敷から脱出するゲーム、まえ可児さんがやってたなー」


 石造りの外壁からとてつもない圧迫感を受ける。

 思わず西洋の吸血鬼だの連想してしまうそれは、古びた巨大な洋館だった。

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