第56話 決戦に向けて

「は? ハロウィンのときの、わたしの涙を返せよてめー」


 10月の最終日。

 文化祭も間近にせまり、浮き足立つ学校の部室で、目のすわったマオからどこかで聞いたセリフとともに詰め寄られていた。


「もーすぐ文化祭だよ? 青柳に告るんでしょ? なのに何も対策うってないとかナメてんのー?」


「た、対策たって、試験勉強じゃないんだから」


 制服の短いスカートなくせに行儀悪く机に座り、椅子で小さくなる俺を腕組みしつつ見下ろすマオ。


 返事が気に入らなかったのか、足先をイライラと揺らしている。


「はー? そんなんで天晶を倒せるわけねーだろ。それがナメてるつってんのー!」


 バン! とマオが激しく机を叩き、読書中の魚沼くんがビクッと肩を跳ねさせた。


「わたしに一生オカズ提供してくれるんでしょー? つまり、一生わたしの面倒見てくれるって話だよねー? しょっぱなからこんなんじゃ、先が思いやられるっつーか」


「い、一生とか、そんな話だったっけ」


「そーでしょっ!」


 バンバン!

 机が連打され、魚沼くんが本の上から目だけを覗かせる。


「……よくわからないけど、元部長と弓削くんはそういう関係になったんですね。おめでとうございます」


「よくわからないなら口挟まないでくれよ!」


 話がややこしくなる!


 しかしマオはにひっと笑うと、機嫌よさそうに足を組む。

 むっちり潰れた太ももが、圧巻の迫力で目前に鎮座している。


 マオのほぼ正面に座る魚沼くんは目のやり場に困って俯いたようだが、マオのななめ後ろに陣取る俺に隙はないってわけだ。


「ありがとウオっちー。そいやーウオっちの方は? 水無月だっけ、カノジョとうまくやってんのー?」


「も、元部長! 彼女は彼女じゃありません! それにそんな話をしてると……――ハッ!?」


 なにか気配でも感じたのか、魚沼くんは辺りをキョロキョロしながら鞄をそっとたぐり寄せる。


「きょ、今日のところはこれで、僕は失礼させていただきます」


 魚沼くんは忍び足で部室から出ていった。


 ふたりきりになると、マオは上履きを脱いで片足を机に乗せ、脚線美をみせつけるように膝を抱える。


 百名山に勝るとも劣らない、足で形作られた小高い山。

 紺のソックス履いた脛から登頂を開始し、迷わず太もも方面へ滑落していきたい。


「おい足ばっか見てんなよスケベやろー」


「そりゃ見るだろ!? じゃなんだよそのポーズ!?」


「文化祭、大成功って感じに締められたらさー、ヘッドロックしてやろっかー?」


「は? 文化祭締めて、首絞められんのかよ。ただの罰ゲームじゃねえか」


「……足で」


「足で!? くっ――いや、そんな、ご褒美が欲しくて告白するわけじゃないから!」


 けらけら笑ってマオは、机からひょいと降りる。


「告白もだけどさー、都市伝説の創作発表も忘れんなよー? ソウスケに休むヒマとかないんだから」


 それもわかってる。

 シナリオもぼちぼち書いてはいるけど、クラスの出し物の準備も参加しなきゃいけないし、進捗は遅々として捗らない。


 部室に迎えに来たギャル友といっしょにマオが帰り、俺はひとり取り残された。


「はぁ……」


 ヨリコちゃんへの告白。

 玉砕覚悟の告白なんかじゃだめだ。

 そんなんじゃマオも納得しないし、俺だって本気でヨリコちゃんの心を奪いにいきたい。


 そのために必要なもの。

 俺と、ヨリコちゃんだけの……。


 やっぱり原点回帰・・・・かな。

 考えれば考えるほど、それしかないように思う。


「そして、ケンジくんか」


 マオの言う通り、いや言うまでもなく最大の障壁となる相手。

 もちろん舐めてるわけない。

 でも対策たって、そもそも小細工が通用するような相手だとは思えない。


 なら……やることはひとつだよな。

 結局、俺にはこうするしか出来ないんだよ。


 どこか清々しい気持ちで部室の窓をしめ、肌寒い風を遮断する。


 鞄を肩に背負って部室を出た俺は、まっすぐ某ファミレスチェーン店へと向かった。

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