第57話 積み重ねる

「なんだ弓削、また来ているのか。都市伝説創作部の進捗は――……と、どうやらそんな雰囲気ではないみたいだな」


 異様に重い空気を察したのか、ユウナちゃんが俺の席から離れていった。


 テーブルには秋の味覚の新商品デザート3品が並んでいるものの、どれも手つかずなまま対面のケンジくんと視線をぶつけ合っている。


「……話はわかった。別におまえの行動だ、好きにすりゃいい。ただな、やっぱり残念だよ、蒼介」


「それだけ……ですか? もっとこう、ぶん殴られる覚悟くらいしてきたんですけど」


「わざわざそんな不利になるような真似するかよ。しかし、そこまで堂々と決意表明されちゃこれまで通りってわけにもいかない」


「はい。もうここには来ません。……すみません勝手で。今まで、その、色々。ありがとうございました」


 席を立ち、ケンジくんに深々と頭を下げる。


 不思議だった。

 こんなにも心が痛むとは思わなかった。


 だれかを好きになることによって、傷つくひとがいる。

 とくに横恋慕なんて、それだけで罪なんだとあらためて実感する。


 祭りの日にヨリコちゃんが抱いた罪悪の念は、決して大げさなものじゃなかったんだ。

 なら、俺だって同じだけの覚悟を背負う。


「ゆ、弓削くん! ここには来ないって、そんな――」


「よせ陽留愛。放っといてやれ」


「でもケンジだって、せっかく仲良くなれそうな男友達ができたのに」


「すみません双葉さん。まじで俺が悪いんです、全部」


 レジで双葉さんにも頭を下げ、店を出る。


 双葉さんだって、ケンジくんがフリーになるのを望んでたはずなのに。

 こんな形は希望と違ったんだろう。

 ケンジくんを傷つけるようなやり方は。


 こんな正面きって敵対するような形……俺だけが望んだエゴだ。

 せめて誠実に、なんて。

 不実なことをやらかしてる自分に、少しでも救いが欲しかっただけかもしれない。


「……む、ソウスケか。やつれて見えるぞ」


 と、店へ入ろうとするアサネちゃんと鉢合わせた。

 口調から、今日はのじゃロリモードのようだ。


 ちょっと屈んで、目線を合わせる。


「せっかく何回も助言してくれたのに、ひとつも守れないでごめんな?」


「忠告は、礼だ。りんご飴のな。意味を理解しないまま行動し、その結果を背負うのは憐れに思った。しかし、常識から外れた行動だと、周囲の賛同は得られないとわかっているのなら、ソウスケ。思うように突っ走るがいい」


 ほんとに全部、見透かされてるような。


 とりあえず、こちらも礼を込めて頭を撫でてやった。

 でもこのアホ毛、何度撫でつけてもぴょこんと直立してしまう。


 猫みたいに目を細めていたアサネちゃんは、俺が撫でるのをやめると不服そうに口をとがらせる。


「なんだ、もう終わりか……。ついでにもうひとつ忠告だ。突っ走るのは勝手だが、それで青柳依子がおまえに傾くかは難しい話だぞ?」


「それはわかってる。じゃ、ありがとな!」


 アサネちゃんに別れを告げて、バス停へ向かった。



◇◇◇



 街をぶらつきながら、ネタを探す。

 ヨリコちゃんのこともそうだけど、部の創作シナリオもどうにかしないと本気でやばい。


 ふと見覚えのある女子生徒が、画材屋の前でガラス越しに店内を物色している。

 というか、俺が見間違うはずもない。


「――ヨリコちゃん!」


 全力ダッシュで駆け寄る。


「あれ、ソウスケくんじゃん。なにしてんの? こんなとこで」


「はあ、はあ、ちょっと、ぶらぶらしてたら、ヨリコちゃんいたから……!」


「あはは。そんな息切らして走らんでも……。あたし逃げたりしないよ?」


 会いたくて、会いたくてたまらなかったヨリコちゃんに、会えたのが嬉しくて。


 制服姿で後ろ手に組み、少し腰を折るヨリコちゃん。

 冬の装いとなったブレザーも、膝上のスカートも、クシュッとたるんだソックスもローファーも。


 風でみだれた髪をかきあげるしぐさも。

 細めた瞳、いたずらっぽく笑う口もと。


 すべてかわいくて、今すぐに抱きしめられたら、どんなに幸せだろう。


「うちのクラス喫茶店やんだけどさぁ、内装とかにつかう壁紙なんか探してんの」


「俺、付き合うよ買い物」


 だって運命だろ。

 めちゃくちゃ会いたいと思ってたときに、会えたんだから。

 これが運命じゃなかったらなんなんだよ。


「えー……でもまだなんも買うやつ決まってないし、遅くなるかもよ?」


「なおさら付き合うって。女の子ひとりとか心配だし、あとほら、荷物持ちいた方が効率いいだろ?」


「必死じゃん。なに? 最近までマオマオ言ってたのに」


「ぐっ、それは……」


 理由はヨリコちゃんだって知ってるはずなのに、意地悪いからかい方だ。


 困った顔がよっぽどおもしろかったのか、ヨリコちゃんはお腹を押さえて笑い出す。


「冗談だって! はあー……。……でもさ、マオも元気になったし、やっぱソウスケくんだね? 信じたあたしの目に狂いはなかった!」


 調子のいいこと言いやがって。

 そんな風に微笑まれたら、なにも言い返せない。

 ほんとズルい女だ。


「……けどふたりきりで買い物とか。ほら、ケンジくんが」


「いや遊びに誘ったわけじゃないし! 文化祭の買い出しだろ? 買い出しするヨリコちゃんと、俺は偶然出会っただけなんだからさ」


 苦しい説得を続ける中、自分で答えを言ってしまった。

 運命じゃなかったら……ただの偶然、か。


 いや違う。


「やっぱこの出会いは運命ってことにしよう」


「ん? あーあれ? 交響曲第……第、何番だかの」


「5番な。それ水無月さんのネタな」


 水無月さんがネタか本気で言ったのかはわからないけど。


 ヨリコちゃんはしばらく考え込んだのち、持ってた鞄を振り回して俺の背を打った。


「よし、ではついてきたまえ。モーツァルトくん!」


「ベートーヴェンな? まじ大学大丈夫?」


 従者としての許しをもらった俺は、ヨリコちゃんと画材屋へ入店する。


 形なんてなんだっていい。

 今は少しの時間だってヨリコちゃんと過ごしたかった。

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