第64話 俺の怪談を聞け

 体育館は、現在生バンドの真っ最中だ。

 女子生徒4人組が制服姿でパンクロックを歌唱し、異様な熱気に包まれている。


 まずビジュアルが圧倒的に強くてうらやましい。

 このあとに都市伝説創作語りなんてスケジュール組んだ運営は鬼なんだろうか。


 裏を返せばそれだけ期待されてるということか。

 プレッシャー半端ねえな。


 心臓をバクバクさせながらステージを見上げていると、舞台袖から魚沼くんが顔を出し、俺のもとへと小走りでやってくる。


「よ、ようやくきたのか弓削くん。僕はもう吐きそうだ。帰っていいかい」


「ふざけんじゃねえよ。もし帰ったら泣くからな。だいたい魚沼くんの台詞部分はぜんぶ俺が考えてやっただろ」


「だから不安なんだよ!!」


「創作者によくそんな言葉吐けるなぁ!?」


 最初から俺にシナリオなんて書かせるのが間違いなんだ。

 あああ緊張がおさまらない。


「……ちょっと、トイレいってくる」


「い、1分以内に戻ってきて!」


「夜不安な彼女かよ!」


 一度体育館を出て、付近のトイレに入る。


 落ちつけ。

 落ちつけ。

 そう念じながら用をたすと、いくぶんか気が楽になった気がする。


 そうだ、ここまできてジタバタしたってしょうがない。

 自分を信じろ。

 準備したものを粛々と読みあげるだけじゃないか。


 手を洗い、ついでに顔も洗う。

 鏡を見て、頬を両手でパシンと張って、体育館へ戻った。


 あいかわらず生徒や一般客で埋まる館内にはビビるものの、頭が真っ白になったりだとかそういう状態とは無縁だ。

 たぶん、もうすぐバンド演奏も終わる。


 魚沼くんを探して舞台袖へ向かう。

 照明の絞られた薄暗さの中、魚沼くんはユウナちゃんとなにやら打ち合わせをしている様子。


「おお、来たな弓削副部長。調子はどうだ? 緊張していないか?」


「いや、そりゃ緊張してるよ」


 ヤバいくらいに。

 どれだけ気合入れたり落ちつこうと試みても、完全に消えることはない。


 ユウナちゃんは長い髪を耳にかけ、笑う。


「そうだろうな。だがその緊張は、舞台に立つものの特権だ。存分に楽しめ、ふたりとも」


 豪胆な先輩だ。

 とてもお化け屋敷で醜態さらしてたとは思えない。


 だけどこんな風に元気づけてもらって、いつまでもビビってちゃ情けないよな。

 ヨリコちゃんだって、見にきてくれるはずなんだから。


 バンド演奏が終わったようで、女子生徒4人組がやりきった顔で舞台袖へおりてくる。


「心配すんなよ魚沼くん、俺たちだって10数分後にはああやって笑ってるはずさ」


「いや、僕はもうとっくに肚を決めてるけど」


 こいつも豪胆だったわ!

 ここ一番で水無月さんが不意をついて現れないことを願うぜ!


「よし、では行ってこい。部と演目の紹介はしてやるから、そのあと始めるんだぞ?」


「わかったよユウナちゃん! 俺達の出会いを赤裸々に語ってくるよ!」


「え!? 俺“達”ってなんだ? 赤裸々な出会いって!? おい弓削、おまえなにを発表するつもりだ!?」


 それはもちろん、俺とヨリコちゃんの話だ。

 でも都市伝説創作部の――マオの面子だって潰すわけにはいかない。

 俺なりに頑張って落とし込んだつもりだ。


 魚沼くんと舞台に立ち、少しの静寂が訪れる。

 やがて重々しい緞帳がゆっくり開くと、まばゆい白光に目が眩んだ。


 視界にはたくさんの人があふれてる。

 想いを届かせたいのは、その中のたったひとり。


『え、えー続きまして、都市伝説創作部による、創作怪談です。どうかご静聴のほどよろしくお願いします』


 さあヨリコちゃん、話を聞いてくれ。

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