第63話 出会いの季節とは

“都市伝説創作部の出し物、午後に体育館でやるから絶対見にきてほしい”


 本当は模擬喫茶で言うつもりだったことを、ヨリコちゃんにメッセージで送っておいた。


 あのときの周りにいた女子達の反応はずっと頭に残っている。

 俺がやろうとしてることは、そういうことだ。


 夏、花火を見たあの場所でも思った。

 きっとヨリコちゃんは喜ばない。

 困らせて、傷つけてしまうだけの身勝手な行動。


 胸に秘めておこうと決めたはずなのに、俺はその誓いを破ろうとしている。


「……こんなに好きになるなんて、予想外だったんだよ」


 ひとり言い訳をつぶやいて、だれもいない・・・・・・冷蔵庫以外の物もない・・・・・・・・・・リビングを見渡す。

 聞こえるのは無・・・・・・・機質な空調の音だけ・・・・・・・・・


「行ってきます」


 そして文化祭2日目が開催される学校へ向かった。



◇◇◇



 一般開放された文化祭は、前日とは比べものにならない盛り上がりをみせている。


 俺も朝からお化け役として、てんてこ舞いの大忙し。

 仲良さげなカップルを必要以上に怖がらせたり、泣かしてしまった小さい子供をあやしたり。


「ほーらほら飴だよー甘いぞー」


「ぶああああああ!? おがあさあああん!!」


 超速で俺から離れ、母親らしき女性にしがみつく男の子。


 そりゃそうだ。

 ゾンビだしな。


 子供は嫌いじゃないんだけど、扱いがわからないから苦手だったりする。


「うわーん! 怖かったよケンくーん!」


「くっそあのゾンビ野郎、出口まで追いかけてきやがって……!」


 憔悴しきった様子で去っていくケンくんカップルの背中を、物陰に隠れながら見送った。


 あのカップルとは遭遇率高めだけど、べつに好きでも得意でもない。

 とはいえ嫌いでもないけれど。

 変な縁を感じてちょっとこっちが怖いんだよな。




 そんなこんなで午前中はあっという間に過ぎ、俺は洗面所でメイクを落とした。

 今日の午後は部活の発表があるんで、お化け役は免除されているのだ。


 ひとまず腹ごしらえするか。


 出禁を食らったヨリコちゃんのコスプレ喫茶には行けない。

 しかたなく、校門付近の屋台へ向かう。


 屋台も盛況だった。

 かなり並ばないといけない覚悟を固めたとき、どこかで聞いたような声がよく知った名前を呼ぶ。


「マオさ〜ん! はぁ、はぁ、なんとか全部買えました!」


 あの子はたしか、部活の合宿でお世話になった――そう、スミカちゃんだ。


 スミカちゃんは大量の食料を抱え、植え込みのブロックに座るマオへまるで献上品のごとくそれを差し出している。


「うむうむ。これからもよきにはからえー」


 いったん列を離れて、積み上がった献上品に舌舐めずりするマオのもとへ。


「おまえなぁ、後輩をパシリにすんなよ」


「お、ソウスケじゃーん。今日はゾンビやんねーの?」


「わあ弓削せんぱい! お久しぶりです!」


 だらけたマオと違って、ぴょんぴょん飛び跳ねるスミカちゃんはなんともフレッシュだ。

 サイドアップテールの髪も元気いっぱいに荒ぶっている。


 それにしても、弓削せんぱい……か。

 悪くない響き。

 というかめっちゃいい。


「スミカちゃんは、マオに呼ばれてきたの?」


「はい! あ、いえ呼ばれてはないんですけど……父に送ってもらって遊びにきちゃいました!」


「そーだよわざわざパシリに呼ぶわけないでしょー? わたしをなんだと思ってんのかなー」


 見てるかぎりスミカちゃんは尽くすタイプで、マオも遠慮なくそれを受け入れてるからな。

 パシらせてることに違和感がない。


「ソウスケは昼メシー?」


「そのつもりだったんだけど……」


 列はまだ長いままだ。

 またあそこに並ぶ気力はもうなかった。


 するとスミカちゃんが、妙案とでも言いたげに手をポンと打つ。


「弓削せんぱいもよかったらご一緒にどうですか!? たくさんあるので!」


「あーでも俺……邪魔じゃない?」


「なーに遠慮してんだよー、らしくもねー」


「そうですよ! みんなで食べましょう!」


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


 焼きそばとペットボトルのお茶の代金をスミカちゃんに手渡し、コンクリートブロックでの昼食会にお邪魔させてもらった。


 とくべつ話題なんて振らなくても、スミカちゃんは友達や中学校での出来事を話してくれるんで、一緒にいて非常にらくであり楽しかった。


 なるほど。

 あまり詮索されたがらないマオが、この子をお気に入りな理由がよくわかった。


 来年ほんとにスミカちゃんが部活に入ってくれるなら、俺と魚沼くんふたりの淀んだ空間が浄化されるかもしれない。


 小1時間ほどで昼食を終え、スミカちゃんを案内するため立ち上がったマオに手を振る。

 腕なんか組まれて抵抗してたマオも、やがてあきらめたらしい。


 ほっこり微笑ましい気分で周囲を見渡していると、校門から校舎を見上げてたたずむひとりの女子がいた。


 知ってる顔だ。

 でもなんで私服なのかわからない。


「双葉さん、何してんですかそんなとこで?」


 声をかけつつ歩み寄っていくも、双葉さんはおどおどと距離を取る。


「……え? あ、あの、その、ど、どちらさま、ですか」


「え? いやいや、双葉さん? ……ですよね?」


 双葉さんは不審者を見るように、でも決して目を合わすことなく俺の下から上までせわしなく視線をめぐらせる。


 どう見てもいつもと態度が違い過ぎる。

 そもそも文化祭なのに参加してないのか? つか今日はポニテじゃなく髪をおろしてるんだな。


「あ……も、もしかして、姉のお知り合い……の、方ですか?」


「あ、姉!? え、てことは双葉さん――ヒルアさんの妹さん?」


 双葉さんと瓜二つな顔が、こくこくと頷いた。


 いや似すぎだろ。

 双子? でも双子だったら同じ学年のはずだよな。

 学校が違うのかな。


 双葉さんの妹さんは3年の校舎に行きたいらしく、ルートを丁寧に教えてやった。

 妹さんは何度も俺を振り返り、ぺこぺこ頭を下げている。


 なんだか不思議な出会いをしてしまった。


「――と、いけね。そろそろ舞台の下見をしておかなきゃな」


 独りごち、体育館へ向かう。

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