第62話 カフェイン摂取はほどほどに

 2時間ほどが経って、お化け役の交代となった。


 3交代制だからあと1回脅かし役が回ってくる。

 なので、ゾンビメイクはそのままで校内をうろつくことにする。


 さっきクラスメイトにもらったパンフレットによれば、校門近くでたこ焼きやクレープの屋台。

 校庭ではストラックアウトをはじめとした各部活動考案の遊戯が体験できるみたいだ。


 ま、俺の行き先なんてひとつしかないんだけど。


「おーいソウスケー。……ぶはー! やってんなその顔ー」


 焼きそば片手に登場したマオが、ひとの顔を見るなり吹き出した。

 そのリアクションにも慣れてきたな。


「青柳んとこ行くんでしょー? わたしもいっしょしていーい?」


「いいけど……焼きそばもうまそうだな」


「だろー150円だぞ150円。安すぎー」


 たしかに安い。

 喫茶店ではコーヒーくらいにしといて、あとで屋台も覗いてみるか。




 3年の教室前にいくと、ちょうどヨリコちゃんが客引きのためか廊下に顔を出したところだった。


「あ、マオに――ソウスケくん、だよね? 今ちょうど空いてきたから寄っていきなよ」


 さすがヨリコちゃんはゾンビメイクも見慣れてらっしゃる。


 しかしメイド服姿のヨリコちゃんを見てると、先日の四つん這いポーズを思い出して血の巡りが良くなるな。

 写真撮っときゃよかったなぁ。


「あ……でも、やっぱり今は……」


 教室の中を気にして、急に言いよどむヨリコちゃん。

 不審に思って、マオと中を覗き込む。


 中央付近のテーブルに、ケンジくんが座っていた。

 今度はアサネちゃんとふたりのようだ。


 またケンジくんか。

 彼女がコスプレしてんだから、当然見にくるよなそりゃ。


「関係ねーよ。入ろーぜ」


 マオの力強い言葉に後押しされて、堂々と教室に突入した。

 すぐにケンジくんが反応し、こちらを見上げる。


「よく会うじゃん、蒼介。うまいぞ、依子のコーヒー。おまえも飲んでけよ」


 すぐさま繰り出されるマウント。

 コーヒーを飲むのに、まるでケンジくんが許可をくれたみたいな流れだ。


「獅子原麻央に弓削蒼介。凶星がふたつ。ふむ、これはおもしろい」


「だれが凶星だよだれが。いいかげんにしろよ、のじゃロリっ子」


「ふえ?」


 きょとんとするアサネちゃんを尻目に、マオと席へつく。

 ケンジくん達以外には、数名の女子グループが今の客層だ。


「ぷっくく。のじゃロリっ子て。日辻のあんな顔はじめてみたわー」


「え、そう?」


 アサネちゃんって割とポンコツっぽいけどな。


 てか、のじゃロリ枠はポンコツって相場が決まってんだよ。

 じゃないと強大すぎるし、萌えられないからな。


 メニューを広げると、となりの席でケンジくんが片手をあげる。


「依子、コーヒー」


「あ、はーい」


 メイド姿のヨリコちゃんが、笑顔でケンジくんに手を振った。


 ……くっ。

 新婚夫婦のひとコマか?

 脳の損傷を感じるも、負けられない。


「ヨリコちゃん俺も、コーヒー」


「え? はいはい、ちょっと待ってね。つか青柳さんだろぉが」


 人目なんか気にしてられないんだよ。


 やがてヨリコちゃんが、トレイにふたつのコーヒーを乗せて運んできてくれる。


 先にコーヒーを受け取ってドヤ顔するケンジくんだが、それは単に注文する順番通り運ばれたに過ぎない。


「はいお待たせ。……マオは注文しないの?」


 一心不乱に焼きそばをすするマオを、ヨリコちゃんがじっとりと見ている。

 口いっぱいに焼きそばを頬張りながらマオは。


「水」


 とだけ言った。

 すさまじい胆力だ。


「依子、コーヒー頼む」


「えっもう飲んだの!?」


 かなり熱いコーヒーなのに、口もとをグイと拭うケンジくんに、ヨリコちゃんも驚愕していた。


 くそっ負けてたまるか。

 灼熱の液体をひと息に流し込んだ。


「ヨリコちゃんっ俺もおかわり!」


「対抗しないでいいからね!?」


 バタバタと厨房――というか、仕切りの向こうへ駆けていくヨリコちゃん。


 こっちを見て、フンと鼻を鳴らすケンジくんを睨みつける。

 対面ではズズズと焼きそばをすする音だけが聞こえてる。


「はぁ、はぁ、コーヒーお待たせぇ」


 トレイのカップを受け取ったそばから、ケンジくんがコーヒーをあおり飲んだ。

 負けじと俺もつづく。


 ケンジくんと同時にカップをテーブルへたん! と置いて。


「依子、コーヒーだ!」


「ヨリコちゃん!」


 見れば、ヨリコちゃんは肩をぷるぷると震わせていた。


「……あんたらさぁ……他にもウェイトレスさん、いるのにさぁ」


「青柳ー。水」


「ふぅむ。のじゃロリ……とは……?」


「も全員帰って! 邪魔! 二度とこないで!」


 激怒したヨリコちゃんに、4人とも追い出されてしまった。


 廊下で所在なげに立ち尽くす俺達。


 すると、たぶん同じ教室にいたであろう女子生徒のひそひそとした囁きが耳に届く。


「ね、あの男子1年?」「青柳さん、彼氏いるって知っててコナかけてんのかな」「だとしたらありえないでしょ、天晶くんすぐ近くにいるのに」「引くわー」


 まあ、予想できた言葉だ。

 ヨリコちゃんにヘイトが向かなくてよかった。


 耳をそばだてていたアサネちゃんが、俺に流し目をよこす。


「わかっているとは思うが、この程度は序の口だぞ? おまえの行動しだいでは――」


「うるせー」


 マオの暴言は、アサネちゃんにというより、女子生徒達へ向けられていた。


「うるせーんだよ。ソウスケをそこいらの常識で語んじゃねー。こいつがまともだったら、わたしはここにいねーんだよバーカ」


 他人をここまで罵るマオを、はじめて見たような気がする。

 それはきっと、俺のためで。


 去っていく女子生徒達を見送り、アサネちゃんが息を吐く。


「ふふん。やっぱり凶星ではないか、おまえらは」


「さっきからさー、日辻の言うことはマジ意味わかんねーんだけど」


 ケンジくんが同意するようにうなずくも、そのあとマオに笑いかける。


「なんとなくはわかるだろ? 朝寧とも仲良くしてやってくれ。――じゃあな蒼介、獅子原も」


 ケンジくんとアサネちゃんもいずこかへ消えて、マオとふたりになった。


「……なぁマオ、焼きそばもうひとつおごってやろうか?」


「えーそれならたこ焼きがいい」


「いいよじゃあ、たこ焼きで」


「なに急にー? お礼にえっちなことしてほしいのー?」


「ちげえよ!」


 かばってくれたこと、実はめちゃくちゃ感動したんだが。

 本人に言うのが照れくさかっただけだ。

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