第61話 ゾンビの心意気
ついに文化祭当日を迎えた。
早朝、いつもより早めに学校へ向かう。
まだ薄暗いけど天気は良好なようで、澄んだ冷たい空気の刺激が肺に心地よかった。
2日にかけて行われる文化祭だけど、初日は校内開放のみとなる。
文化部の発表会なんかも、明日の一般開放に合わせて行われる。
だからまだ気楽だ。
生徒同士で実際に模擬店で飲み食いしたり、遊戯の完成度を確認したり。
つまり文化祭初日は、準備期間の延長戦みたいなものと捉えてかまわないと思う。
◇◇◇
教室に入ると、すでにけっこうな数のクラスメイトが登校していた。
迷路のように仕切ったパーテーションに垂れ幕をかぶせ、俺も塗ったおどろおどろしいベニヤ板を貼りつけていく。
作業はすぐに終わり、みんなが歓声をあげた。
大きなトラブルもなく、実に優秀なクラスだ。
とりあえず求められるままにハイタッチを交わしていく。
陽キャって清々しいやつが多いんだよ。
あたりまえか、だから陽キャなんだし。
そういえばヨリコちゃんとこのコスプレ喫茶も完成したかな?
あとでぜひ行ってみたい。
つづいてお化け役のメイクだ。
お化け役といっても、交代制なのでクラスメイトのほとんどに脅かし役が回ってくる。
俺も女子ふたりにお呼ばれしたので椅子へ腰かけた。
「うーん弓削くんはなんのメイクがいいかな」「ゾンビだって! ぜったいゾンビ映えする!」
……なんでハロウィンのときから、こんなゾンビメイクに定評があるんだ?
ゾンビ映えする顔ってどんなだよ。
「はーい、じゃあ目ぇつむってね」
まあ文句はない。
言われた通りに大人しく、顔にサラサラ筆が走るこそばゆさを我慢する。
しかし……女子から顔に、ある意味落書きされてるというのに興奮しないな。
ハロウィンのとき、ヨリコちゃんに顔いじられてるときはあんなにドキドキしたのに。
自分にそんな性癖があったのかと勘違いしたくらいだ。
落書き……落書きか。
なぜかとある映像が、鮮明に頭に浮かんでしまう。
「ちょ、ちょっとぉ弓削くん顔赤くなんないでよ、もー」「照れんなって! 女子と距離近いからって緊張してんだろ!」
顔を見合わせて笑う女子ふたり。
別にイヤな笑い方じゃないけど……くっ。
ヨリコちゃんの足とかお腹に正の字を落書きするとこ妄想してたなんて言えるわけないだろ!
知らぬ間に、寝取られに毒されてしまっていたんだろうか。
変なとこが反応する前に、さすがに自重した。
無事にゾンビメイクも施され、教室の前で呼び込みを行う。
「うん? ――むぉお弓削か!? すさまじいクオリティだなその仮装……!」
立ち止まったのは、生徒会の腕章をつけたユウナちゃんだった。
各クラスを見て回ってるらしい。
てか“むぉお”て。
そんなゾンビに適性あんの俺?
さすがに複雑な気持ちなんだけど。
ユウナちゃんは腕を組み、遠巻きに俺の顔を眺めてしきりにうなずいている。
「あのさ、よかったらユウナちゃんも見ていかない?」
クラスの連中も喜ぶだろ。
体育祭でのユウナちゃんの人気っぷりを思い返すと。
「い、いや……うむ、外観だけでも立派なお化け屋敷であることはわかるぞ。そうだな、この看板からして十分過ぎるほどに怖さが伝わってくる」
たじろぐユウナちゃんが見つめる看板には、全面をお経だかなんだかの文字がビッシリ埋めている。
それ、水無月さん作の特級呪物です。
「そんな外観とかじゃなくてさ、実際に体験してってよ」
「だ、だからぁ……そのぉ……あっおいケンジ!」
なに? ケンジくんだと?
廊下の奥からひとり歩いてくる姿は、たしかにケンジくんだった。
まるで助けを求めるように、ケンジくんの袖を引っぱるユウナちゃん。
「な、なんだよ、どうしたんだよ?」
「ほ、ほら見てみろ、ここが弓削のクラスのお化け屋敷だそうだ! 怖そうだろう!?」
「え? 蒼介の?」
そこではじめて、ケンジくんと目が合う。
「……どうも、お久しぶりです」
「……へぇ。最初だれかわかんなかったぜ。気合入ってんな蒼介」
ケンジくんも気づかないほどのメイクなのか。
あとで鏡見てみるか。
ケンジくんは看板や、入り口の垂れ幕に目線を流して。
「なるほどな。……けどな、こんな子供騙しでオレをビビらそうなんて、百年はええよ」
「どうですかね。ビビったうえにチビらないでくださいよ? 掃除大変なんで」
「へっ、上等ぉ……っ! そこまで言うなら見せてもらおうか、おまえの本気ってやつをよ!」
拳と首をポキッと鳴らして、入り口に向かうケンジくん。
その腕を、ユウナちゃんがひっしと掴んだ。
「よよよし、決まりだ! じゃ、じゃあ入るかケンジ!」
「えっちょっ!? ゆ、友奈と入るのか!?」
急に弱腰になったケンジくんを、ユウナちゃんがずるずる垂れ幕の中へ引きずり込んでいく。
「お、おい蒼介っ! おてやわらかに! おてやわらかに頼むぞ!」
そんな情けない命乞いを残して、ケンジくんは教室の中へ消えていった。
今さらもう遅い。
あれだけ煽ってくれたんだ。
全力のゾンビを見せてやる!
意気揚々と定位置についたのだが――。
スタート地点から聞こえてくる声でもう察した。
「ちょっ友奈!? 腕っ、折れ――」
「きゃああああああああああ!!」
「
なんか、枯れ枝の折れるような音も聞こえた気がする。
満身創痍でふらふらと歩いてきたふたりを、俺は脅かさずにスルーした。
俺よりよっぽどゾンビに見えた。
恋敵とはいえ、ケンジくんには悪いことしたなと心から思う。
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