第3章 愛と忘却の清純寝取り旅

第67話 寝取られ報告はこない

 真っ白いリビングに、ひとり座り込んでいる。

 フローリングの床が尻に冷たい。


 空調の音が、ブーンと虫の羽音みたいに耳にまとわりつく。

 何か、大事なことを忘れてる気がする。


 ひと……? にぎやかな……。


 羽音が頭に入り込んでくる。

 すべてが白く塗り潰されていく。


 そう、俺はひとりだ。

 ずっとひとりだった。


 だよな? 蒼介。



◇◇◇



 もう冬といっても過言ではない寒さとなり、登校時に吐く息が白く空気に溶けていく。


 しみじみと、学校なんて行きたくない。

 ここ最近は3年の教室にも近づかないし、ヨリコちゃんらしき後ろ姿を見かけるたびに距離を取るようになってしまった。


 だってそうだろ。

 合わせる顔なんてない。


 文化祭の日、走り去ってしまったヨリコちゃんからメッセージが届いた・・・・・・・・・のは、その日の夜だった。

 ひと言“ごめん”と添えられて。


 要するに振られてしまったわけだ。


 策は用意しなかったけど、勝算が無いとは思ってなかった。

 ケンジくん相手に、小細工なんて無駄だと悟ってはいた。

 だから俺は時間を積み重ねたんだ。


 それこそが受験勉強で忙しいケンジくんに唯一優れると確信して、ヨリコちゃんといっしょに過ごす時間を増やしていった。

 重ねた思い出は、きっと心に響くと信じて。


 でもまあ、終わりだよなにもかも。

 できることなんて、もうなんにもない。


 あとは灰色の高校生活を送るしか。


「はあ……」


 どでかいため息が作り出す白もやを突っ切って、重い足を進めた。




 授業をてきとうに流し、放課後。


「弓削くん、今日も部活には出ないつもりかい? 昨日は獅子原元部長も来て、君のことを心配してたようだけど」


「……悪いけどパス。文化祭も終わったし、しばらく大きな活動もないだろ? 俺なんかいたって別にすることもないし」


「い、いやそんなことはないよ。僕もひとりで暇だしさ、話相手でも……」


 話相手たって、魚沼くんは本ばかり読んでいて基本会話なんかしないだろ。

 急になんでそんなこと言い出したんだ。


 もしかすると、俺に気を使ってくれてるのかもしれないけど……。


「悪いな」


 今はあまりだれかと話したい気分じゃない。


 鞄を取って教室の扉に向かうと、中へ入ろうとする水無月さんと鉢合わせた。

 水無月さんが、何か言いかけようと口を開く。


「ああ、魚沼くんならそこに――」


 伝えながら振り返るも、魚沼くんの姿はない。


 どんな身のこなししてんだ?

 忍者かよ。


「……弓削くん、あなた最近、頭が重くなったりしないですか?」


「え? 俺?」


「記憶が曖昧になったりだとか」


「いやいや、なにそれ? 漫画じゃないんだから」


 怖いこと言うなよ。

 水無月さんはじっと、俺の顔を見つめてくる。


 ほんとパーツが整ってるな。

 性格はアレでも、こんな美人に言い寄られたら魚沼くんも悪い気しないだろう。


 ヨリコちゃんも性格はアレなとこあるし……言い寄られたかったなぁ。


「とても……何か悪いものが……」


「はいはい。予言とか占いなら魚沼くんにやってくれ。ええと、たぶん部室にいると思うから。じゃあ」


 まだ言い足りなさそうな水無月さんを置いて、教室を出た。

 もし占いができるなら、ヨリコちゃんに告る前にみてもらいたかったぜ。




 風呂も簡単な夕食も済ませて、自室のベッドに寝転んだ。

 スマホでヨリコちゃんとのメッセージなんか眺める。


 女々しいな。

 もう連絡がくることはないって、わかってるのに。

 寝取られ報告の電話、なんだかんだ楽しかったよなぁ。


 枕の横にスマホを置いて、天井をあおいだ。


 ヨリコちゃんに会いたい。

 こんな日常はつまらない。


 つまらないなりに、天井のシミを数えはじめたとき――。

 けたたましくスマホが鳴って、身がビクンと震えた。


 着信だ。

 え、まじ?


 寝返りうってスマホに飛びつく。

 番号は知らないものだ。


 けど、以前もスマホ失くしたことあったし、ヨリコちゃんだし。

 どんなドジ踏んでもおかしくないっていうか。


 ともかく焦る気持ちを押し殺して通話をタップ、スピーカーに切り替える。

 いつもなら相手の出方をうかがうとこだけど、知らず口が開いてしまう。


「も、もしもし!?」


『――……よう』


 男の声だった。


 だれだよ、知らねえし。

 少なくともヨリコちゃんの可能性が消えて、思いきり落胆する。


『――誰だかわかんねぇか? ……賢司だよ』


「は……?」


 ケンジ?

 ケンジくんなのか?


 いやいや、なんの用だよ。

 まじで一番話したくない相手かもしれない。


『――いきなり悪いな、番号は獅子原に頼み込んで聞いたんだ。無理言って聞き出したのはオレだから、獅子原を責めるのは勘弁してやってくれ』


 俺がマオを責めるはずないだろ。

 あんたに俺たちのなにがわかるってんだ。


「……で、なんの用ですか?」


 勝者宣言……とか?

 ヨリコちゃんなら隣で寝てるよ、つって俺の脳を壊しにきてるのか?

 クズだな!


『――情けない行動なのはわかってるよ。でも急過ぎて、やっぱ納得できなくてな。スマホにかけても出ねぇし、家に行ったら弟が“いない”って言ってたから』


「……? いやぜんぜん……話がみえないんですけど」


『――依子、おまえと一緒にいるんじゃないのか?』


「は!? なんで俺と。んなわけないだろ」


 なに言ってんだこいつまじで。

 そもそも俺のセリフだよ。

 嫌がらせか?


『――……なあ蒼介、おまえ依子と付き合ってないのか?』


「だからっ! さっきからわけわかんねえこと言わないでくれよ! ケンカ売ってんすか!?」


 今の俺なら買ってしまいそうだ。

 ボロ雑巾になりてぇ。


 長い沈黙のあと。


『――……そうか、そういうことか。あいつ……。悪かったな蒼介、じゃあ』


 唐突に通話は切れてしまった。


 どういうことだよ!? 説明しろ!

 むかむかする勢いのままにスマホを投げ、大の字になる。


 天井を見つめていれば、だんだんと頭が冷静さを取り戻していく。


 どういう、ことだ?

 さっきのケンジくんの言葉。


 ひとつひとつ噛み砕いていくと、自ずと答えに導かれる。


「そんな……まさか」


 飛び起きて、スマホを手に取るとすぐにヨリコちゃんへコールした。

 呼び出し音だけがむなしく響き、一向にヨリコちゃんとは繋がらない。


 振られたのは悲しかった。

 だけど俺は、時間が経てば気持ちの整理もつくって。

 割り切ろうと思ってたんだ。


 だって最初から変わらない。

 一番大事なのは、ヨリコちゃんが幸せであることだから。


 なのに。

 なのに、まさか――。


 俺を振ったあと、ケンジくんとも別れたのか?


「なんでそんなこと……っ」


 脱力した手から、スマホがこぼれ落ちた。


 ほんとにヨリコちゃんってさぁ……。

 ヨリコちゃんって。


 バカだよ。

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