第91話 電子の羽(早乙女純香)

 PCの排熱と暖房で汗が流れる。


『じゃあ早乙女さん、お願いね』


「はい! まかせてください!」


 うちは巫女装束の袖をまくりあげた。

 3台のキーボードに指を走らせ、自分を取り囲むように設置したモニターも逐一チェックする。


 やることは複雑だけど、やりたいことは明白だ。

 水無月せんぱいのスマホを遠隔操作して、さらにそのスマホで現地に持っていってもらったドローンを操作する。


 スマホだとドローンを操作できる有効範囲はだいたい150メートル。

 家の手伝いがあって現地まで行くことができなかったうちでも、ドローンさえ現場にあれば。


「飛ばします!」


 ぐんぐんと地上が遠ざかって、空撮された洋館がモニターに映し出される。


 はえ〜ほんとに立派な洋館だ。

 あるんだ、こんなとこ。

 巫女装束なんか着てる純和風なうちにとっては、まるで別世界の建物。


『……どう? 何か見えるかしら?』


「えっと、外観はバッチリ! なんですけど……」


 夜が近いっていうのに、この館はそもそも明かりが少ない。

 窓から漏れる光なんかも無くて、ドローンを近づけてみても中の様子はあんまりわかんない。


 ほんとにこんなところに青柳せんぱいや、弓削せんぱいがいるんだろうか。


 状況を伝えると、水無月せんぱいの返答までにちょっと間があいた。


『そう……直接中を確かめるしかないみたいね』


「え? 勝手に入って大丈夫なんですか!?」


『車がある。外国の車かしら。この館の車にしては、なんだか乗り捨てたような感じね』


 ひとりごとのように呟く水無月せんぱいは、あきらかにうちの話を聞いてない。


「も、もっかい上から見てみます!」


 ドローンを上昇させる。

 せっかく頼ってくれたんだから、何か役に立ちたい。


 それに……不謹慎なのかもしれないけど、うちの胸は高鳴ってた。

 早い話、わくわくしてた。


 だってこんな山奥の、人里離れたとこに洋館があって、なんらかの秘密とかありそうで。

 現場にいないうちだからこそ、お気楽に思えてるのかもしれないけど。


 わくわくしてるのも、役立ちたいのも、どっちだって嘘偽りないうちの本心だった。




 眼下と前方、ふたつを映したモニターのひとつに、洋館とは別の建物が映り込む。

 塔のような建物は高く、てっぺんは吹きさらしの空間がある。


「なんだろあれ……鐘……? せんぱい、そっちはどうですか!?」


『暗いわね。それに人の気配を感じない。二階も見てみるわ』


 人の気配がないってことは、やっぱり青柳せんぱい達はいないんじゃ……。


 楽観的な思考をめぐらせていると、つづく水無月せんぱいの言葉にそんな思いは吹き飛んだ。


『待って。だれか倒れて……獅子原先輩……?』


「――っ!? マオさん!? マオさんがいるんですか!? 倒れてるってなんですかっ!」


『落ち着きなさい。……大丈夫、眠ってるだけみたい』


 でもさっき倒れてるって。

 つまりマオさんがいるそこは、ベッドなんかじゃないわけで。


 てゆうか、なんでマオさんが。

 うちはそんなの聞いてない!


「水無月せんぱい! 館の裏手に建物があるんです、そっち見れませんか!?」


 これは、ただ事じゃないと焦る。

 水無月せんぱいに指示しながらドローン前方のモニターを注視する。


「……やっぱり鐘だ。なんでこんなとこに」


 うちには見慣れた鐘。

 除夜の鐘なんかでおなじみ、いわゆる梵鐘ぼんしょうに似てる。


 梵鐘は寺にあると思われがちだけど、えっと神仏習合だとかたしかそうゆうので神社に鐘があるところも少なくないのだ。

 子供の頃は、大晦日の寒い中、パパが鐘を打つ姿をずっと見てたっけ。


 ってそんなことはどうでもよくて!


 とにかく変だってこと。

 釣り鐘は、この洋館にはあまりにも似合わない。

 ウェディングベルみたいな西洋の洋鐘ならまだわかるんだけど……。


 それに――この、音……?


 ドローンを鐘の塔へ寄せれば寄せるほど、なんか虫が飛んでるような気持ち悪い音が――。


純香すみかちゃ〜ん! そろそろ休憩あがってもらっていいかい!?」


「ちょっパパ!? 勝手に入ってこないでよ!」


「えっと……ガンダムでも操縦してるの?」


「いいから出てって!」


「いや、あの、バイトの子達だけじゃ手が回らなくなって――」


「いま忙しいの! すぐ行くから出てってってば!!」


 顔も向けないまま、不法侵入者を追い出した。


 てかなに? ガンダムって!

 たしかに全天周囲モニターみたいになってるけど!


『早乙女さん? 大丈夫? 書斎の棚のうしろに、わざわざ隠すように裏庭への扉があったわ』


「ほんとうですか!? こっちは大丈夫なんですけど、でもその、なんてゆうか、音が……」


『音……? そうね、言われてみれば――っ!? これは……みんな、倒れて……』


「え!? どうしたんですか!? 水無月せんぱい! みんなって!?」


『くっ……うぅ……なるほど、音ね。不快だわ。早乙女さん、その音どこから出てるかわかる?』


 どこからって、ドローンで近づくと音が大きくなるわけだから……。


 うちは耳鳴りに耐えながら、釣り鐘をくまなく観察する。


「あ……あった……!」


 鐘の上部に拡声器のようなものが取りつけられていた。

 鐘の音を響かせる目的であんなことはしない。

 だとしたら。


 試しにドローンを寄せると、羽音が大きくなる。


「うぐ……! やっぱ、これだ……っ!」


 まるで耳奥に虫が侵入したかと勘違いするほど羽音がゾワゾワとまとわりつく。

 うまくドローンの高度が保てない。

 なんで!? 有効範囲には余裕がまだあるはずなのに!


 気持ち悪くて、汗が流れて、はしたないけど緋袴ひばかまを捲りあげて足を丸出しにする。

 足袋たびも脱いで、足の爪を立てるように畳へ食い込ませた。


「あと……ちょっと……っ!」


 そのとき、羽音に混ざって微かに鈴の音がチリンと聴こえた。

 モニターにいきなり白いもや・・がかかって、目を凝らしてみると。


「――ひッ!?」


 白いもやが苦しげな女性の顔を形作って、うちは後ろ手をついてモニターから離れる。

 女性だけじゃなくて、おじさんも、子供の顔も。

 何人も何人も、みんな一様に苦しそうに、悲しそうな表情をモニター越しに映す。


 まぼろし……なんかじゃない。

 これは、ほんもののオカルトだ。


 信じてなかった。

 だからこそ、マオさんや都市伝説創作部のせんぱい達の話が面白かった。

 だってこんなの、非科学的で、説明つかなくて。


 でも――いずれは。

 いつかはオカルトだって、科学的に解明できるはず。

 うちは、自分のドローンを信じる!


「邪魔しないで! あと少しなんだからっ!」


 太ももを強く張って、涙目でパソコンにのぞむ。

 真っ白なもやをドローンで突っ切って、鐘めがけて一気に直進する。


「いっけぇぇぇぇぇッ!!」


 ドローンの本体ごと拡声器にダイブした。

 プロペラがガリガリと拡声器を削ると、強烈なハウリングが鼓膜を襲った。


「ゔゔゔぅぅ――……ッ!!」


 しばらくして、静寂。

 畳の部屋には、横になったうちの息遣いだけが響いてる。

 モニターもすべて真っ黒で、もうなにも怖いものは映してない。


 やっ、た……? 拡声器壊せたの?


「あ。……せんぱい! 水無月せんぱい! うち、やりました! そっちは大丈夫ですか!? 裏庭は――」


 水無月せんぱいの返事はない。

 何回呼びかけても、あの透き通るような声は返ってこなかった。


「せんぱい……? 水無月せんぱいっ!!」


『……あらあら、どうして起き上がるのでしょう? もっと怖い思いをしますよ』


 え、だれ……?

 スマホが知らない女の人の声を拾っている。


『ほう。怖い思いか。たとえば、どんなだ?』


 こっちも知らない女の子の――いや、ええと、覚えがある。

 前うちにきて、よく眠ってた……たぶん、日辻せんぱい、だったっけ。


『うふふ、ほうらご覧なさい。呼び寄せたのです、水車小屋から。かの厄災――四肢断ちを』


『……これが四肢断ち? やれやれ、ずいぶんと安く見られたものだ。不本意だが、教えてやろう』


『何を――……。なに……? なん……っ。――な、なん、だ……? おまえはっ!? なんだ!? 誰なんだ!?』


『これがほんとうの――こわいもの。だよ』


 鼓膜をつんざく絶叫に、思わずスマホを手放して耳を塞いだ。

 細かくカタカタと全身が震えてた。


 うちにはよく、わからない。

 わからないけど、せんぱい達の役にちょっとは立てたんだろうか。


 もし、そうなら。


「……ほめてくださいね……マオさん……」


 意識してなかった疲労がどっと押し寄せてきて、うちは子供みたいに丸まったまま眠りに落ちた。

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